「萌、お前っ……、待て!」

後方から怒りに満ちた健二や翔子の怒声が聞こえるが、萌は振り返らずに事務所内を全力で駆け抜けた。

大通りに出るとすぐにタクシーに飛び乗る。鳴り響くスマホの着信音が恐ろしくて、着信拒否に設定してから電源を落とした。

晴臣のマンションの車寄せにタクシーを停めてもらい、メインエントランスからコンシェルジュカウンターを過ぎてようやく大きく息が吸えた。フラフラの足取りで部屋までたどり着くと、リビングのソファに倒れ込む。

「どうしよう、どうしよう……」

壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返すが、頭の中は真っ白だ。

叔父と叔母が不正を働いている。その事実は萌に大きな衝撃を与えた。さらに初めてふたりに意見を言い、絶縁する覚悟であの場から逃げ出してきたのだ。ありったけの勇気を振り絞ったせいで、まだ動悸が治まらない。

きっと今頃、三人は青筋を立てて怒り狂っているだろう。

(でも、後悔はしてない)

スマホは電源を切ったし、万が一このマンションに乗り込んできたところで、コンシェルジュがいるため部屋まで上がれはしない。

大丈夫だと自分に言い聞かせるように何度も深呼吸を繰り返す。そしてよろよろと起き上がり、与えられた自室へ向かった。