「お、片付けしてくれてますねー早くお願いしますよー」

 マキちゃんが顔を覗かせて、おれらを急かした。早く早くと言いながら手を叩いとる。なんや、そんなに歯医者行きたいんか。さては可愛い子がおるんやな。どこの歯医者なんか、今度聞き出さなあかんな。

 そうして慌てて片づけをして実習室を出ると、外ではまだ春の妖精が荒ぶっとった。嗚呼、自慢の赤毛が乱れるやないかい。
 
「……それで、一佐の恋の相手って誰なの?」

 歩いて帰宅しながら、改めてヒデが尋ねてきた。ふふん。やっぱり気になっとったんやな。

 せやけど浅尾っちはとっとと姿を消しとったし、ヨネはバイトがある言うてダッシュで帰ってもうた。ヒデ相手じゃ恋バナも盛り上がんが、しゃーないな。

「どこまで話したかいな。そうそう、女神からハンカティーフを受け取ろうとしたところまでやったな」
「いや、別に物語はいいんだけど……」
「でな、バチっ! と運命の出会いを果たしたやんか。したらな、その女神はポッと頬を赤らめて……何も言わずに去っていったのさ」
「じゃあ、どこの誰かは分からないんだ」
「と、思うやろ? せやけど運命の相手を簡単に見失うわけにはいかんからな。めっちゃ追いかけたわ」
「お、追いかけた?」

 ヒデがグリッグリの目を瞬かせる。ほんま、つぶらな瞳しとるな。浅尾っちやヨネはスッとした目しとるさかい、ヒデのデカ目が余計に際立つわ。

「名前も知らん、どこの誰かも分からへんかったら恋が発展せえへんやん! そら追いかけるわ! もう全速力で追いかけるわ!」
「変質者じゃん……」
「なんやて!?」
「だ、だって、知らない男が全速力で追いかけてきたら普通怖いって! その子も怖くて逃げたんじゃないの?」
「んなわけあるかいッ! 恥じらいや、恥じらい! 女神はシャイなんや!」
「……一体どこまで追いかけていったの?」

 なんやその顔。不審者を見る目やんか。
 まぁいいだろう。恋を知らぬ男とは、そんなものだ。やれやれ、仕方がない。この恋愛マスターKOBAYASHIが、身を焦がすような情熱的な恋がどんなものなのか教えてやろう。

「まぁまぁ、歩きながらする話やないからな。ヒデの家行くで。そろそろ、この前買ったもやしが悪なるやろ。食べてしまわな」
「あ、あぁ……そうだっけ」

 おれとヒデは家がご近所さんなこともあって、2人で食材をシェアしとった。日本画の画材は高価なものが多いさかい、いろいろと節約せなあかんねん。
 特に天然の岩絵の具は鉱石や岩石を砕いて作られたもので、いっちゃん高い緑青や群青やと15gで6千円ぐらいする。ちなみに緑青はマラカイト、群青はアズライトっちゅー鉱石からできとるんやで。

 まぁさすがに天然の群青には手が出せんから、人工的につくった原石の塊を砕いて製造する新岩絵具を使うことがほとんどなんやけどな。