「みーんな誰かの息子なんやで?浅尾っちの父ちゃんは、たまたま人に知られとるってだけやろ。それもひとつの個性やんか」

 浅尾っちが、表情を変えずにおれの顔をじっと見る。な、なんや。めっちゃときめくやないかッ! イケメンめッ!

「……お前、10日に1回ぐらいのペースでマトモな事を言うよな」

 いつも通り抑揚のない声に、ヒデとヨネが小さく吹き出す。なんやねん10日に1回て! 微妙な頻度すぎるやろ!

「おれはいつでもマトモや! マトモが服着て歩いとんねん!」
「そりゃ悪かったな、マトモ君」

 適当な感じで言うた後、浅尾っちは背を向けた。
 一切冗談なんか言わんクールな人間かと思いきや、実は結構おちゃめやっちゅーのも最近分かったことや。1ミリたりとも表情を動かさずに、ボソっととぼけた事を言うことがある。

 冗談を一切言わんのは、浅尾っちやのうてヒデの方やった。クソ真面目っちゅー言葉がピッタリや。せやけどノリが悪いわけでもないし、鋭いツッコミを入れてくる事が多い。

 紅一点のヨネはボケもツッコミもこなせるハイブリッド型で、その恐ろしいコミュ力の高さで学部学科を超えて勢力を広げとる模様。

 なんや、よくよく考えると、めっちゃバランスええやないか現役4人組。

「そういえばマトモくんーさっきの話の続きはぁー? 運命の出会いってやつー」
 
 ヨネまで“マトモくん”に便乗すると、横でヒデがまた吹き出した。
 
「マトモくんって……」
「なんやヒデ。おれはマトモくんやで? ほな、マトモくんの恋バナを聞かせてやろうかッ!」
「いえーい恋バナー!」

 盛り上がるおれとヨネをよそに、浅尾っちは黙々と手を動かしとる。ヒデもおれの隣で苦笑いしつつ、今回の課題“菊”の下図を描き始めた。

 おれはおもむろに立ち上がり、3人の前へと歩み出る。

「そう……あれは風の強い、ある春の日やった……」
「今日のことでしょ?」

 ヒデが的確なツッコミを入れた。さすがやな。しっかり話を聞いとるで。

「そう、今日やッ! おれはいつも通り朝早う家を出て、上野公園の鳥たちへ挨拶しに行ったんや。なんでそんなに早起きかって? それはな、おれの親父が和菓子職人でな。毎朝5時に起きとったさかい、家族みーんな早起きが習慣になっとんねん。健康的な小林一家なんやで」
「へぇー和菓子職人! さすが京都だぁー」

 ヨネは完全に手を止めて、ガッツリおれの話を聞く体勢や。その横で、浅尾っちは鬼の集中力で絵に色を入れとる。もう塗り始め取るんか。いや早すぎやろ。授業もめっちゃ出とるくせ、誰よりも早いやんけ。

 おっと、また浅尾っちに熱視線送るところやったわ。今はおれの恋バナタイムやで!

「そんな健康優良児なおれは、大噴水の前で優雅な朝食をとっていた。そう、ブレイクファーストや。今日のブレイクファーストはスタバのサンドイッチ……は高いから家で作ってきたツナサンド、そして実家から送られてきたほうじ茶であった」
「前置きながぁーい! 恋バナ早くー!」

 ヨネが足をじたばたさせながら抗議してきた。案外せっかちなんやな。