「浅尾、また公募に出すんだ?」

 ヒデが中指でメガネを押し上げながら言うと、浅尾っちは手を止めて振り返った。
 
「岡田教授が審査員やってるコンクールに出さないかって言われたんだよ。コンクールの名前は忘れたけど、来月末が締め切りらしい」
「浅尾は描き始めたら早いからいいよな。俺は課題やりながらだと、あんまり進まなくて……」
「別に早けりゃいいってわけでもねぇだろ」

 浅尾っちはヒデを無視することがない。他の連中とは会話が成り立っとらんくせに、ヒデから話しかけられたら必ず答えるし、たまに自分からも話しかけとる。

 ヒデは清潔にはしとるものの、いつも髪がボサボサやし眉毛もボサボサやし服装も野暮ったいし……ド派手やけど完璧にオシャレな浅尾っちとは正反対や。せやけど、それがええのかもしれへんな。自分と対極におる人間の方が刺激を得られるさかい。

 それにヒデは、めちゃくちゃええ奴や。人を悪く言わんし、かと言っておべっか使うっちゅーわけでもない。誰に対してもフラットで何を言うても嫌味に聞こえへんのは、ヒデが持って生まれたものなんやろな。その点はヨネも同じや。
 
「浅尾きゅんってー結構いろいろ賞とかもらってるよねーなんかのやつでも最年少受賞とか言われてたしー」

 カッターで鉛筆を削りながらヨネが言う。めっちゃ上手いな、カッターの扱い方。カッターの魔術師やん。
 
「高校の先生がねー公募マニアでねー私と同い年の子が大きな賞取ってるよーって雑誌見せてくれたんだよねぇー」
「ほな、ヨネは高校の時から浅尾っちのこと知っとったんか」
「そうだよぉー!まさか藝大で一緒になるとは思ってなかったからぁーとっても嬉しいんだよねぇー」

 ヨネが身を乗り出すと、浅尾っちは反射的に少しのけ反った。
 最近何となく分かってきたんやけど、浅尾っちはどうも女が苦手っぽい。人付き合い自体嫌いなんやろうけど、女に対しては特に距離を置きたがっとるように見える。彼女だけが特別なんやろか。くそー!リア充め!

「私ねー浅尾きゅんの風景画好きなんだよねーとっても優しいからぁー」

 のけ反られても、ヨネは構わずまた距離を詰める。こっちはこっちでパーソナルスペースが狭いやっちゃな。
 
「浅尾っちの名声は名古屋の地にまで轟いとったんかぁ……さすがやな!」
「浅尾瑛士の息子として、だろ」

 浅尾っちの声にはいつも通り感情が乗っとらんけど、何となく投げやりな言い方に感じた。

 そうか。浅尾っちは、ずっと闘っとるんやな。“浅尾瑛士の息子”として無責任に押しつけられる、周りからの期待と。
 どれだけの重荷なんやろ。別に選んで生まれてきたわけやないのにな。そないな肩書きがのうなったとしても、浅尾っちの評価は変わらへんと思うけどな。