日本画専攻の制作は、まず日本画材に慣れるところから始まる。

 ヒデや浅尾っちのように高校時代から日本画をバリバリ描いてきた人間ばかりやないし、入学して初めて画材に触れる人間も多いらしい。せやから“そもそも日本画とは”っちゅー“基本のき”から入るんや。

 クソ真面目なヒデは別として、浅尾っちは今更こないなこと勉強するのは億劫なんちゃうか……と思っとったが、真剣な表情で講義を受けとる。

 ヒデから聞いた話によると、高校は3年間皆勤賞。寝不足でフラフラしとっても、浅尾っちは一切授業を休んだことがないんやて。
 そんで試験は1年の時からずーっとトップ。美術だけやのうて、全部の教科において学年1位の座を譲ったことはないらしい。なんちゅースーパーマンやねん。漫画の登場人物かいな。

 そんな浅尾っちに興味津々なのは、やはりおれだけやなかった。

「浅尾きゅ~ん!お隣よろしくねぇー!」

 今回の課題は、それぞれテーブルに置いた百合を観察しながら制作する。マキちゃんがクジで席を決めたようで、実習室での浅尾っちの隣をゲットしたのは癒し系妖怪少女の米田やった。

「……浅尾きゅん?」
「んふふぅ。私ねぇー中日ドラゴンズのファンでねぇー初恋のイケメンピッチャーが“浅尾きゅん”って呼ばれてたんだよねぇー」
「あっそ」

 ちちちちちちょっと待てや!まさか2人の間にロマンス始まっちゃうのッ!?いやッ!嫌や!浅尾っちはおれのものッ!ていうか浅尾っち女の子には優しいな!?おれが話しかけても返事せぇへんのに!キーッ!ジェラシーッ!

 ……と心の中で騒いどったら、米田が振り返った。
 
「あ、ヒデちゃんと一佐くんもよろしくねぇー。私のことはヨネって呼んでねぇー同い年みたいだしぃ」

 浅尾っちたちの真後ろにおるのが、おれとヒデ。ほんまにクジで決めたんかいな。運命すぎるやん。……って、同い年やて?

「ヨネも現役っちゅーことか?」
「そうだよぉー」

 なんと……日本画の現役生ラストピースはヨネやったんか。こんなのんびりほんわかしとるくせ現役合格とは……やはりタダ者やないで。

「親には2浪までおっけぃって言われてたんだけどねぇーなんとか滑り込めて良かったよぉー」
「すごいね、現役4人が固まった席になるって……」

 ヒデが苦笑いする。ほんまやな。作為的なものを感じるわ。せやけど後ろから浅尾っちを眺め放題なんは、めっちゃ嬉しい。ずっと熱視線送ったろ。

 ……と思ったものの、やはりおれは芸術家。制作を始めたら熱中してしまうねん。

 まず2本の百合の配置に悩む。絵で大事なのは構図や。同じ物を描くにしても、構図ひとつでまったく違う絵に出来上がる。おれは、あらゆる角度から百合を眺めた。

「お前はどんな絵にしてほしいんや~?ほれ言うてみぃ~?」

 話しかけて、耳を澄ませる。まだ百合の声は聞こえてけぇへん。LOVEが足りひんっちゅーこっちゃ。