「旭陽」

澪音の声がしたと思った。
だけどすぐに、少しだけ澪音より低いその声の主が分かり、ぎゅっと唇を噛む。

「莉音さん」

泣き顔を見せるわけにもいかず、声だけで返事をすると、莉音さんはこちらを見ることなく隣に座る。

「やっと泣いたね、旭陽」

そういって笑った莉音さんの目は、人の事を言えないほど腫れ上がっており、俺はまた涙を零す。

「ずるいんすよ。笑顔ばっかり置いて行って。前向けって言われてるみたいで」

莉音さんは、ぐしゃぐしゃと豪快に俺の髪を撫で、呟いた。

「澪音がね、言ってたの。

「唯一、我が儘を言ってしまう旭陽にはきっと悲しい思いをさせちゃう。忘れてほしいけど、きっと、優しいから、忘れてくれないと思う。それなら、覚えていてくれるなら笑顔の私がいい。ずっと、私の笑顔を思い出して、明るく生きててほしい。だから、私は旭陽の前では笑顔でいたい」

って。頑固なんだよねー、澪音は」

莉音さんは、前髪をかきあげ、苦しそうに表情をゆがめた。
そして、震える唇で、呟く。

「やられたね。ずっと逃してくれないよ、澪音。無理にでも明るく生きなきゃ。きっと怒られる」
「ですね。今もすぐ近くにいて監視されてる気がします」

悪口のようなことを言い合って、俺と莉音さんは、涙目のまま笑った。

澪音が、大切にしたいと願ったこの初恋を、俺も、大切にしまって、歩いていく。

「それで、いいんだろ?」

見上げた先に見える、苦しいくらいに快晴の空さえ、澪音の笑顔に見えた。