「あー、旭陽の顔正面から見れるの久しぶりだなあ」

ずっと下から見てたから。
そんなことまで嬉しくて呟くと、旭陽も笑う。

「なんだそれ、そんなんいつでも見せてやるよ」
「あはは、うざいー」

軽口を叩く余裕まであって、話しているうちにどんどん記憶が溢れてくる。

「いま急に、旭陽がすっごい寝癖で登校して怒られてるの思い出した」
「変なこと覚えてんなよ……。それ、セットかと思われて反省文書かされたやつな」

不思議と眠たくもなくて、身体は自分のものじゃないみたいに酷く重たいのに、頭は信じられないほどすっきりとしていた。

「俺は、行事の度に感極まってぼろぼろに泣く澪音が好き」
「泣き顔ぶすって言われたの覚えてるよ」
「うん、照れ隠し」

旭陽らしかぬストレートな一言に、私は驚く。

「照れ隠しだよ。友達のことが大好きで、心から泣いてる澪音がすっげえ可愛く思えて。今思えば、それが澪音を意識するはじまりだったのかもな」

本当に大切そうに、優しく私の頬に触れた手のひら。
痛いほどに伝わる旭陽の想いに、私は、苦しくなってその手のひらを握って頬から離した。

冷えた手で触るカイロのように、気持ち良いほど温かいその手をぎゅっと握りしめて、私は思いを告げる。

「旭陽、あのね……。私が、いなくなったら、私のことは忘れて幸せになってね。絶対、絶対忘れて?」

真剣な瞳に、旭陽の笑顔が一瞬で崩れた。
その目に光るものを感じて、私も苦しくなる。

だけど私は、彼を残していなくなってしまう私は、旭陽の前で泣くわけにはいかないから。

「そんな辛そうな顔するなら、言うなよ」

旭陽の腕が私を引き寄せて、温かい体温に包まれた。

「言ったよな。俺は強いから、澪音のわがまま全部受け止めるって。俺には強がらなくていいって」
「でも、いなくなってまで引きずらせたくない。だから」

ギュッと痛いほどに腕の力が強められて、私の言葉は止められた。

「忘れない。絶対忘れない。でも、忘れないまま、ちゃんと前向いて生きるから。俺は大丈夫だから。だから、忘れて欲しいなんて言うな」

その声は震えていて、私の涙腺は刺激される。

「……っ」

噛み殺す涙を、旭陽の優しく背中を撫でる手のひらが溢れさせた。

「本音でいいんだ。頼むから強がるな」

そしてまた、私の弱い覚悟は崩されて、旭陽の重荷になることを言ってしまう。

「私は、私だって本当は……。旭陽のことが大好きだった私がいたって、覚えててくれたら嬉しい……けど」
「絶対に覚えてるよ。こんなに心が綺麗で真っ直ぐな澪音に想われてることは、ずっと俺の誇りになるんだから」

更に溢れ出す涙を、そっと、親指で涙を拭われる。
そして近付いてきた旭陽の顔に、自然と目を閉じると、優しく温かい感触が唇に落とされた。

「こんな幸せなキス。一生忘れられるわけねーわ」

意地悪な笑顔に、私も嬉しくなる。

「ありがとう、旭陽。大好き」
「俺も大好き」

そんな恥ずかしい言葉を言い合って、恥ずかしくなった私達は、照れ隠しをするように、また面白おかしい思い出話を繰り返した。