「旭陽。もう23時だし。そろそろ帰んな?」
「もうそんな時間っすか」

もやがかかったようにぼんやりとしている頭の外でわずかに聞こえる声。
ゆっくりと広がっていく視界で、見慣れた笑顔を探すと、その笑顔は後ろを向いていた。

「あ、澪音、起きちゃったね」

先に、目のあった莉音ちゃんが微笑み、その後ろ姿はこちらを振り返る。
私は、安堵の息を付き、その彼に手を伸ばした。

「澪音、のど乾くでしょ。何か飲む?」
「ゼリー……?」
「おっけー」

部屋を出て行った莉音ちゃんに向けて、旭陽は話の続きを返す。

「澪音が寝たら帰ります」
「ん、ありがと」

小声の会話に、私は重たい手を必死で動かし、旭陽の手を強く握りしめた。

「……らないで……」
「ん?」

莉音ちゃんがいなくなり、すぐこちらに顔を向けた旭陽は聞き返す。

「帰らないで。いなくならないで」

私は感情のままに、そんなことを呟いていた。
珍しく感情的な私に、旭陽は繋いでいた手を両手でつかみ微笑む。

「どうした?澪音。なんか嫌な夢でも見た?」

優しい声に、私は首を振る。

「もう目が覚めないかもしれない。旭陽がいると安心する。だから、ずっといて」

震える手を旭陽はギュッと握った。
その目は不安そうに揺れていて、私は少し冷静を取り戻す。

「……あ……ごめん旭陽、私、大丈夫、大丈夫だから」

旭陽に迷惑をかけたくない、その心から溢れ出す言葉。
だけどそれとは裏腹に、握ってしまう手のひら。

「澪音。ゼリー持ってきたよ」

戻って来た莉音ちゃんが口もとにゼリーを運んでくれて、ひんやりとした甘い味でその口は塞がれた。

「莉音さん」
「家は大丈夫だよ。旭陽さえよければだけど。無理はしないでほしいし」

話を聞いていた莉音ちゃんがそう言うと、旭陽は安心したように「俺は大丈夫です」と呟く。

「澪音、大丈夫。ずっといるから。安心して寝ていいから」

その柔らかい微笑みに、私は安心してもう一度目を閉じた。