変わらない笑顔、大好きだった笑顔。

だけど、その笑顔が私に向けられることは、私の初恋が静かに終わったあの日から、たったの一度もない。

幼い頃の初恋にしがみつくなんて馬鹿みたいだけれど、それでももう一度、あの笑顔を真正面から見たい。

それが今、私が学校に通う理由のひとつだった。

散りかけの桜の木は、穏やかな風に花びらを託す。

風に乗って旅立っていく花びらに目を奪われるように、私は渡り廊下で立ち止まった。

「花岡?どうした?体調悪いか?」

始業のチャイムが鳴る音を特に気にも止めず、渡り廊下でぼんやりと外を眺めていた私。

聞こえてきた声に振り返ると、これから授業へ向かう担任が立っていた。

「ううん、大丈夫」
「本当か?しんどかったら保健室連れてくぞ」

心配そうに顔を覗き込む先生に、私は明るく声を出して笑った。

「もう!大丈夫だってば!普通でいいって言ってんじゃん!」

先生は、困ったように眉を下げて頷いた。

「普通でいたいなら授業は真面目に出ろよ」

注意する口調とは裏腹に、気遣うような優しい笑顔が向けられる。
私は複雑な心境を隠すように、無理に口角を上げた。

「はーい、でもこの時間は始まっちゃったしもういいや」
「はいはい、無理するなよ?」

そう言い残して校舎へと入っていく先生を見送り、私は小さくため息をこぼした。

授業時間に教室に居ない私を、先生が当然のように怒らないのには理由がある。

こんな顔をさせてしまうのが嫌だから。

クラスメイトは勿論、親友の朱里にも言えないでいる秘密を、私は隠し持っていた。

重い痛みが響く腰に手を当てる。

中学3年生の1年間が始まった4月。
私の余命は、残り4ヶ月を切っていた。