これから別の女性と愛を育むことを知っているのに、頬とはいえ口づけてしまったのだ。

「そういえば、今日も招待状が届きましたよ」
「お茶会のお招待ならお断りしておいて。そういう気分ではないのよ」
「それが、お茶会のお誘いではないようで」

 アンジーがミレイナの前に手紙を一通差し出した。送り主はサシャ・フリック。見慣れない名だ。

 ミレイナは首を傾げる。

「どなただったかしら?」
「ビル様の婚約者の」
「お会いしたことがなかったから、名前までは憶えていなかったわ」

 ミレイナはサシャの名前を反芻しながら、手紙を開ける。

 内容はフリック家の領地への招待状だった。この時期はちょうどたくさんの花が咲いていて、自然を楽しむことができる。「ビルが姉のように慕うミレイナ様と一度、お会いしたいと思っていた」と綴られていた。

「お返事はいかがなさいますか?」
「そういえば、ビルにも誘われていたの。こうしてご招待してくださっているし、遊びに行こうかしら」
「そうですよね。フリック家はここから大変遠いので、お断りのお手紙をお送りしておきま――えっ!? 行かれるのですか!?」
「ええ。たまには旅行に行くものいいじゃない?」
「は、はあ……。ですが馬車の旅は大変ですよ?」
「大丈夫よ。さっそくサシャさんとビルにお手紙を書くわ。レターセットを用意して」

 ミレイナは立ち上がると、机に向かった。最近はずっとベッドの上でゴロゴロしていたから、身体がなまっている。

 きっと、ミレイナが戻ってきたころには、二人の仲も深まっていることだろう。そうしたら、もうセドリックはミレイナのことなど忘れているに違いない。