そんな数回のために、大変な練習を繰り返すのは合理的ではないと思うのだ。セドリックとの一ヶ月の特訓で随分と上達した。
 必要十分は満たしたと思う。

「……なら、その数回は僕が相手をする」
「どうしたの? 急に」
「他の奴が脛を蹴られたら可哀想だろ?」

 ミレイナは目を瞬かせ、そして、笑った。

「ひどいわ。毎回脛を蹴るわけではないのよ? 今日はたまたま――……」
「たまたま?」

(殿下の笑顔に見惚れてしまったから)

 ダンス中に見せた笑顔を思い出して、ミレイナは顔を赤らめた。

「た、たまたま失敗しただけなのよ!」
「ふーん」

 頬が熱い。ミレイナは空いた手でパタパタと扇いだ。

 無言でランプの灯りに誘われて歩いていれば、薔薇の香りに包まれた。ランプに照らされた薔薇が大輪の花を咲かせている。

 思わずミレイナはセドリックの手をすり抜け、顔を寄せる。

「いい香りね」

 セドリックは何も答えない。花の香りには特に興味はないからだろう。

「殿下は知らないかもしれないけど、この薔薇はこの庭園でしか見られない特別な薔薇なのよ?」
「へぇ」
「初代王妃の名前からベスタニカ・ローズという名前がついていて、とても高貴な薔薇なの」

 深紅の大きな大輪の花で、強い香りと鋭い棘が特徴だ。初代国王が異国の姫に捧げた薔薇として、王宮の庭園のみに植えることを許された薔薇だ。

 もちろん、勝手に持ち出すことも許されてはいない。

「この薔薇で初代国王はプロポーズしたのよ。素敵でしょう?」
「へぇ」
「もうっ! 興味がないからって適当な返事をしてはだめよ!」

 初代国王に習い、王族の多くがこの薔薇を捧げてプロポーズとしているのだ。

 きっといつか、セドリックもこの薔薇をシェリーに捧げるときがくる。

(たしか、殿下が王妃様に王族の慣習を聞くのはもう少し後なのよね)

「詳しいんだな」
「え、ええ。お花が好きだから調べたの」

 ミレイナは曖昧な笑みを浮かべた。実際に知ったのは前世の原作を読んでいたからだ。