「それは、罰ゲームだから」

 ビルは目を瞬かせる。

「殿下と賭けをしたのよ。練習中に失敗したら、ダンスを二曲踊るって」
「へぇ……。殿下でも失敗することあるんだ」

 ビルは感嘆の声を上げる。ミレイナも同じ気持ちだ。セドリックは何をやっても完璧で天才的だった。

(そういえば、今日の失敗はカウントしなくてもいいわよね?)

 セドリックとの賭けを思い出す。脛を蹴ってしまったら、ミレイナからセドリックに口づけないといけないという罰ゲームだ。

 思い出してミレイナは顔を赤くした。

 自分からセドリックにキスだなんて、考えただけで頭が沸騰しそうだ。

「姉さん、寒い? 顔、赤いよ?」
「い、いいえ! ダンスをしたせいで火照っているみたい」

 ミレイナは立ち上がって、噴水の周りをそわそわと歩く。風に当たれば少しは火照りも抑えられるかと思ったが、更に熱が増したような気がした。

 手のこうで頬を抑える。

 グローブ越しにも感じる熱。熱が更に熱を呼んでいる気がする。

「変な姉さん。でもさ、姉さんはいいわけ?」
「な、なにが?」
「殿下が他の女性と踊っててさ」
「いいも悪いも、殿下はこれからたくさんの人と出会うのよ?」

 社交デビューを済ませれば、王族として王室の仕事をこなすようになる。国内の行事に顔を出すことも増えるだろう。

 セドリックは天才だから、国政に深くかかわることになる。そうなれば、今までどおりとはいかないのだ。

「姉さんは殿下と結婚するものだと思ってたけど、違うんだ?」
「馬鹿ね。わたくしと殿下ではつり合いが取れないわ。殿下にはもっと素晴らしい人がいるの」
「ふぅん」

 ビルは曖昧に相槌を打つ。

 五歳も年上で、ダンスもままならないミレイナが、王子妃になるなんてあってはならないことだ。

 そう考えて、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

「ビル、あなたこそこんなところに居ていいの? 婚約者がいらっしゃっているんでしょう?」
「婚約者は体調を崩してこれなかったんだ」
「あら、それは残念ね。長旅は大変ですもの、仕方ないわ」

 ビルの婚約者の領地は、王都から馬車で七日はかかる。王宮の舞踏会に参加する以外はほとんどを領地で過ごすため、年に数回も会えないらしい。