シェリーは戸惑いながらセドリックの手を取った。二人は颯爽とダンスホールまで歩いていく。

「羨ましい~!」
「どこの令嬢? 見たことないわ」
「ダサいドレスで目立とうだなんて……!」

 みんなシェリーにたいして悪態をついた。きっと、ミレイナのときもあんな風に言われていたのだろう。

 新しい曲が始まって、二人の距離が近づく。身体が密着する距離になった。

(ああ……っ! ずっと見たかったシーンだわ!)

 感動とときめきで胸が痛い。ぎゅっと締めつけられるような痛みに、ミレイナは胸を押さえた。

(興奮しすぎたのかしら?)

 シェリーが口を開く。しかし、何と言っているのかはわからない。

 渦巻く不快感にミレイナはどうしていいのかわからなかった。もう、二人のダンスを見ていることもできなくなって、ミレイナは外へと逃げ出したのだ。

 ミレイナは一人で会場の外に出た。まだ舞踏会は始まったばかりだからか、先客は一人もいない。ミレイナはゆっくりと息を吸い込み、大きく吐き出した。

「せっかく楽しみにしていたダンスだったのに……」

 がっくりと肩を落とす。転生に気づいてからのずっと、このダンスを楽しみにしてきたのだ。途中どころか全然見ることができなかった。

 見つめ合った二人を思い出す。それだけで胸が痛くなった。

(やっぱり興奮のしすぎかしら?)

 ミレイナは胸を押さえて、噴水の縁に腰を下ろした。

 会場から漏れ聞えるオーケストラの旋律。きっと、今ごろ二人は無言のまま見つめ合っているのだろう。

 原作を思い出す限り、この時、二人にはまだ恋心は芽生えていない。セドリックにとってシェリーは、ちょうど見つけた都合のいい女で、彼女にとっての彼は生涯縁のないと思っている王子様。彼女はセドリックのことよりも、まだ習ったばかりのダンスが失敗しないかと不安でいっぱいだろう。

(見たかったな……)

 ミレイナは空を見上げた。夜空に散らばる星を見ながらため息を吐く。

(でも、素晴らしいイベントはこれからですもの)

 これはまだ序盤。また盗み見る機会はたくさんあるはずだ。「次こそは!」と一人で気合いを入れていると、後ろから声をかけられた。

「ミレイナ姉さん、ここに居たんだ」
「あら、ビルじゃない。ごきげんよう」

 ビルは目を細めて笑うと、ミレイナの隣に腰掛けた。

「相変わらず姉さんは自由だね」
「そうかしら?」

 ミレイナは首を傾げる。ミレイナは今日の仕事をまっとうしたと思う。セドリックのパートナーという大役を果たし、ファーストダンスの相手もしたのだ。

 注目浴びても耐えたのに、「自由」と咎められるのは心外だ。

「みんな姉さんを誘いたがっていたのに、すぐ抜け出すから……」
「あら、そんな気を使って声をかけてくださらなくていいのよ」

 誰にも声をかけられないと不名誉だという人がいる。しかし、ミレイナはそうは思わなかった。気を遣うし面倒なダンスを「誘われなかったから」という理由でスルーできるであれば、幸いではないか。

 しかし、ミレイナは公爵家の令嬢だからか、夜会のたびに気を遣った数名が声をかけてくれる。

(くるくる回っていると目も回るし大変なだけなのに……)

 足を踏まないように注意し、会話もしなければならないなんて、特殊な訓練を受けなければ難しい。

「姉さんらしいけどね」

 ビルはカラカラと笑った。

「第三王子殿下はいいわけ? 放っておいてさ」
「殿下なら、今大切なダンス中よ」
「殿下が姉さん以外の人とダンスをするとは思わなかったな」