痺れを切らしたミレイナは、彼の袖を引っ張った。

「……ねえ、あの子なんていかが?」
「どれ?」
「あの、ブルーグレイのドレスの子」
「薄ぼけた?」
「薄ぼけたなんて失礼よ。もっと言い方があると思うわ。ドレスは古風だけど、とっても可愛い子だと思わない?」

 シェリーは人の影からそっとセドリックを見ていた。けれど、誰よりもキラキラと輝いて見える。

(やっぱりヒロインは違うわね)

 この瞬間にでも恋に落ちてしまいそうなほどの愛らしさだ。

「知り合い?」
「まさか。全然知らない子よ」
「もっと他におすすめはないわけ? ミレイナの友達でもう婚約者がいる人とか、結婚している人とかさ」

 セドリックはあまり乗り気ではなさそうだ。原作では自分で選んでいたから、こういうことはすぐ決めると思ったが違うらしい。

「わたくしにお友達が少ないのは知っているでしょう?」
「そうだった。引きこもりだもんな」
「殿下には絶対言われたくない言葉だわ」

 ミレイナは頬を膨らませて抗議する。しかし、鼻で笑われるだけだった。

(どうしたらシェリーの元に導けるかしら?)

 色々と原作と変わっている。そもそも原作では、一曲しか踊らなかったのだ。その一曲をミレイナが奪ってしまった。

 セドリックの幸せのためにも、どうにかして二曲目はシェリーの元に連れて行かなければ。

「殿下、やっぱりあの子が最適よ」
「なぜ?」
「だって、古いドレスを着ているでしょう? きっと家格は高くないから、今日のことで結婚を無理に迫ってきたりしないと思うの」
「……なるほど。一理ある」

 セドリックは納得したように頷いた。これもすべて原作のセドリックが言った言葉だ。下手に高位の貴族に手を出せば、その娘の両親がチャンスとばかりにすり寄ってくるだろう。

 新しいドレスを買ってもらえないほど無関心。そのくらいのほうがちょうどいい。

「わかった。ミレイナがそこまで言うなら行ってくる」
「いってらっしゃい」
「でも、危ないから見えるところにいるか、ウォーレンのところへ行っていて」
「危ないって、ここは舞踏会の会場よ? 熊が出るわけではないのだから、大丈夫」
「いや、会場の半分は狼だから」

 セドリックは念を押すと、まっすぐシェリーの元へと行く。そして、さきほどミレイナにしたように手を差し伸べて、「一曲いかがですか?」と聞いたのだ。

 少し不機嫌そうで、少しぶっきらぼうではあったが、そこだけ切り抜いてしまいたいほど絵になっていた。

 胸が高鳴る。

 原作とは少し変わってしまったが。今、まさに物語が始まったのだから。