シェリーとの物語が始まれば、セドリックの顔を間近で拝むことは難しくなる。あと数回と思うと、充分に堪能したいではないか。

「散歩? 二人で?」
「ええ、だめ?」
「いや、楽しみだ」

 セドリックが嬉しそうに笑う。その笑顔があまりにも麗しくて、ミレイナは足を滑らせた。

「きゃっ!」
「……っ!」

 小さな叫び声を上げ、ミレイナは後ろに倒れそうになる。間一髪のところで、転びそうになったミレイナの腰を支えた。しかし、その勢いでミレイナの足が彼の脛に思いっきり蹴ってしまったのだ。

 彼の眉がわずかに跳ねる。

「危ないな」
「ごめんなさいっ……!」
「大丈夫だから集中して。みんなが見てる中で転びたくないだろ?」

 集中できなかったのは、セドリックの笑顔のせいだと文句を言いたかった。けれど、勝手に見とれたのはミレイナだ。文句を言える立場ではない。

 ミレイナはどうにか持ち直すと、ホッと息を吐き出した。

「痛くない?」
「痛い。……ウォーレンの気持ちがわかった」
「ごめんなさい。悪気はないのよ」
「わかってる。でも、当分、脛の痣を見て今日を思い出しそうだ」

 揶揄うような言い方に、ミレイナは反論することもできず肩を落とした。王族の、しかも推しであるセドリックの脛に傷を作るなんて。

 今すぐにでも音楽を止めて逃げ出したいのに、それもできない。今日は練習ではないのだ。

「……別に、たいして痛くなかったから、気にするな」

 ミレイナが思い詰めていると、セドリックが慰めの言葉を口にする。こういうとき、彼は優しい。いつもツンケンしているのに、ミレイナが悲しんでいると手を差し伸べてくれるのだ。

 優しくするのは慣れていないからか、いつもぎこちなくはあるが。

 ミレイナは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう」
「別に……。これくらいの怪我、剣術を習っていたときに何回もしたから」

 セドリックは少し恥ずかしそうに、そっぽを向く。それでもダンスは最後まで乱れなかった。
 曲が終わって、セドリックから離れて礼をすると拍手が起こる。
 こんなにも注目されたダンスなんて始めてで、恥ずかしい。ミレイナは足元の絨毯の模様を辿る。

 一曲目が終わると、数組がダンスホールに集まり、今日のダンスを始める。オーケストラも心得たように二曲目を奏で始めた。

「ほら、殿下も誰か誘わないと」
「……仕方ないな」

 セドリックがやや不機嫌な顔で辺りを見回す。年の近い令嬢たちは期待の眼差しでセドリックを見つめていた。

 家格の高い貴族や王族に対して、自分から声をかけてはいけないことをみんな理解しているのだろう。

 ただ、期待に満ちていることだけが視線から伝わってくる。

 しかし、決めかねているのか、彼は難しい顔をしながら、何度も何度も視線を巡らす。