セドリックはミレイナとの約束で、今夜はもう一曲ダンスをすることになっている。同じ人とダンスを連続して踊ることは、この国の社交界においてはマナー違反になる。なので、彼もミレイナに逃げることはないだろう。

「次は誰とダンスをするか決めているの?」
「いや。母上には断られた。……やっぱり一曲だけで」
「だめよ。賭けは賭けだもの」
「ミレイナはいいわけ? 僕がその辺の令嬢とこんな風にダンスして」
「ダンスってそういうものでしょう?」

 婚約者や恋人、結婚相手がいても他の男性とダンスを踊ることは多々ある。ダンスが趣味の人は一日で何曲も楽しむ場合もあるという。ミレイナの場合は二、三曲も踊れば足が子鹿のようになってしまうから難しいけれど。

「……僕はダンスが嫌いだ」
「こんなに上手なのに勿体ないわ」

 彼は不機嫌な様子で言った。笑ったり怒ったり忙しい。

 彼の場合、ダンスが嫌いなのではなく、人と関わることが面倒なだけだろう。ダンスには会話がつきものだ。その会話すら煩わしいと思っているきらいがある。

「さすがにわたくしとだけだと問題よ」
「なにが?」
「殿下を独り占めしたってみんなから嫌われるかも。ただでさえ少ないお友達がもっと減ってしまうわ」

 ミレイナは慣れたステップ踏みながら言った。今のところ失敗もしていないし、足も踏んでいない。練習の甲斐はあったようだ。

「ね? お願い」

 セドリックに抱き留めてもらいながら、ミレイナは上目遣いで言った。

 彼の眉がわずかにピクリと動く。

「……わかった。約束どおり一曲だけだ」
「もちろんよ」
「その代わり、その一曲が終わったら休憩に付き合って」
「わかったわ。付き合ってあげる。王宮の舞踏会の時は庭園が開放されているでしょう? 夜はランプが置いてあってきれいなの。それを見に行きましょう?」

 原作だとセドリックはダンスを一曲終えると、すぐに会場からいなくなったと書いてあった記憶がある。彼のことだから、「休憩」と言いながら部屋に戻ったに違いない。

 原作どおり部屋に帰しても問題ないとは思う。しかし、ミレイナの煩悩が勝った。

 夜の庭園は幻想的で美しいと聞く。そんな幻想的な場所にいるセドリックはさぞかし美しいと思ったのだ。