そんな表情を、今まで見たことがあっただろうか。

 つい、彼の手を取ってしまったのだ。

「よろこんで」

 なぜ、セドリックの手を取ってしまったのだろうか。

 この手を取れば、彼と二人きりで踊ることになるということを知っていたのに。大勢が見守る中、会場の真ん中で。

 デビュタントがいる場合、一曲目はデビュタントが飾ることが慣習になっている。いつからのことなのかはわからない。少なくとも、ミレイナの両親が子どものころには当たり前にあったという。

 貴族たちがデビューするような他の夜会であれば、デビュタントは数名いる場合が多いから、何組もまとまって一曲目を踊るのだ。

 しかし、今日のデビュタントはたった一人。セドリックだけだ。

 彼のエスコートで中央まで歩く。視線が集まるのにも慣れてきたけれど、気を抜くと右足と右手を同時に出してしまいそうだった。

(オマケといえど、しっかりしないと!)

 ミレイナの失敗がセドリックの評価に繋がる。「こんな出来の悪い娘を八年も教師にしていたなんて」と言われたら大問題だ。

 優雅に……できているかはわからないけれど、礼儀作法の講師の言葉を頭で反芻しながらミレイナは歩いた。

「そんなに意識したら逆に失敗すると思うけど」

 セドリックが小さく笑う。彼は緊張などしていないようだ。いつもの涼しい顔でミレイナを見下ろす。

 デビュタントとは思えないほど落ち着いていた。

「これじゃ、どっちがデビュタントかわからないな」
「もうっ。普通はこんなに視線を集めないものなのよ」
「ミレイナだって公爵家の令嬢なんだから、もう少し慣れたほうがいいと思うけど」

 彼は肩を揺らして楽しそうに笑った。

「そんなに笑っていたら出だしを失敗するわ」
「大丈夫。毎日練習したから身体が覚えているさ」

 彼の表情は自信に満ちていた。毎日本番と同じオーケストラを使って一時間みっちり練習したのだから、彼の言い分はもっともだ。

 重ねた手も、腰を支える手も馴染んでいる。ピタリと身体をつけて向き合うと、周りなどどうでもよくなってしまった。

 目の前で笑みを浮かべる推しがいたら、周りなど些細な問題に過ぎないと思うのも仕方ないと思う。

 ここ一ヶ月で見慣れるかと思ったが、彼の麗し度は毎日記録を更新中だ。長い睫毛が数えられそうな距離にいることで心臓は駆け足になる。

 彼がダンスをしている姿を客観的に見たいと願ってひと月、結局まだ見ることができていない。

 チャンスは二曲目だ。