返事をした瞬間、セドリックがミレイナの手を取り損ねて体勢を崩してしまう。転びそうになったが、間一髪のところでセドリックが抱き留めてくれたから尻餅をつかずに済んだ。

「もうっ! びっくりしたわ」
「……ごめん」
「セドリックでも失敗することがあるのね」

 ミレイナはずっとセドリックが完璧な王子様だと思っていた。けれど、少し抜けたところもあるようだ。少しだけ親近感が湧く。

 ミレイナは肩を揺らして笑った。

「賭けはわたくしの勝ちね」
「あれはただ少し驚いただけで……」
「はいはい。でも賭けは賭けよ。ファーストダンスの他にもきちんと踊ること」

 ミレイナはセドリックに小指を突き出す。彼は忌々しそうにミレイナの小指に自身の小指を絡めた。

「……最悪だ」
「あら、本当ならもっとたくさん踊ったほうがいいはずよ。それを二曲で済ませられるならいいじゃない」
「まったくありがたみを感じない」

 本人は一曲で逃げようとしていたのだからそうだろう。彼は大きなため息を吐いた。

「で、誰と行く気なんだ?」
「……どこに? 今日は何も予定はないわ」

 セドリックの言葉にミレイナは首を傾げた。

「今日じゃなくて、カフェ」
「カフェ?」
「行ったらどんなところか教えてくれるんだろ?」
「ああ……。誰とって……。お義姉様か、お母様か……。もしかして、わたくしにお友達が少ないからって揶揄っているの?」

 たしかに友達は少ない。少ない上に、一緒にカフェに付き合ってくれるような親しい関係となるとほぼ0に等しかった。

 そんなミレイナを心配して両親が年の近い子と仲良くなれるような機会をつくってはくれているが、気の置けない仲になるほどまでは進展したことがない。

「揶揄うつもりはなかった。ごめん」
「いいわ。お友達が少ないのは本当のことだもの」
「誰もいないなら、僕が連れてってやる」
「セドリックが? でも、社交デビューしたら忙しくなるでしょう?」
「そんなのどうにでもなる」
「なら、時間ができたら連れて行ってもらおうかしら」

 ミレイナは「楽しみだわ」と笑った。

 しかし、セドリックは満更でもなさそうに笑っている。

 きっと、この約束は果たされることはないだろう。明日には少し早い原作が始まって、セドリックの中心はシェリーになる。

 そう思うとなんだか少しだけ、悲しい気がした。