物語自体はヒロインのシェリーの目線で話が進むので、どんな仕事を任されていたのか詳しくはわからないけれど。

 きっと、ミレイナと会う時間は必然と減っていくだろう。ならば、この一ヶ月くらいはダンスの練習という名目で、推しを間近に楽しむのも悪くないと思った。

 ついでにダンスも上達すれば、婚活もうまくいくのではないだろうか。

(思えば、殿下とダンスができるなんて役得よね?)

 原作の中で、彼はシェリーの手しか取らない。他の令嬢に興味を示すこともなければ、愛想笑いもしなかった。

 本来ならシェリーにしか見ることのできない光景を、堪能できるのだ。

 ミレイナはセドリックを見上げてうっとりと頬を緩めた。これこそ、至福の時ではないか。

 彼の顔に見とれていたせいか、またステップを間違えて彼の足を踏んだ。

「あっ! ごめんなさい」
「ミレイナはもう少しダンスに集中したほうがいいかもね」

 セドリックは心の中でも覗けるのだろうか。恥ずかしさのせいか、運動したせいか頬が熱い。

 一曲終わってホッと息を吐き出した。

「こんなにダンスが下手とは思わなかった」
「……だから言ったじゃない。下手だって」

 ミレイナは小さく頬を膨らませた。確かにセドリックとダンスをしたのは初めてだ。実はセドリックから過去に何度かダンスの練習を頼まれたことがあった。しかし、推しに怪我をさせるわけにはいかないと、断り続けていたのだ。

 そのときにミレイナが驚くくらいダンスの才能がないことは伝えてあった。

「嘘だと思ってた。断る口実なんだって」
「断るためなら、もっと上手な嘘を考えるわ」

 オーケストラは二曲目の練習に入ったようだ。しかし、ミレイナは息が上がって、ダンスをするのは難しそうだった。

 昨日、あまりよく眠れなかったせいかもしれない。足に力が入らない。

 すると、セドリックがミレイナを抱き上げた。

「で、殿下っ!?」