ミレイナはセドリックの手を取りながらも、彼の目を見ることができなかった。

 曲が流れる。聞き覚えのある音楽に自然と身体が動いた。

「ミレイナはダンスのとき、どんな話をするんだ?」
「聞かれた質問に答えるくらいよ」
「今みたいに?」
「ええ」

 元々ダンスがうまくない。あまり話に集中すると、相手に怪我をさせかねないからだ。

「この前の金の奴とも?」
「金の……ああ、フレソンさんね」

 アンドリュー・フレソン。彼は綺麗な金髪だったからか、セドリックは彼を『金の奴』と呼ぶ。セドリックは記憶力がいいから、彼の名前を覚えていないわけではないと思うのだけれど。

(もしかして、フレソンさんが嫌いなのかしら?)

 セドリックは社交界にデビューしていないとはいえ、第三皇子だ。侯爵家の跡取りだから面識くらいはあるのかもしれない。

「名前まで覚えてるなんて珍しいじゃん」
「そのくらい覚えているわ。わたくしだってもう大人なのよ」

 紹介された人の名前と顔くらい一致する。前は前世の記憶が邪魔していたせいか、西洋人の顔はどれも同じに見えていたのだ。

 最近ではようやく、特徴で覚えていられるようになった。

 ステップを間違えそうになって、足がもたつく。

 セドリックの手がミレイナの腰を支えてくれなければ、転んでいたかもしれない。

「ありがとう」
「これくらいなんともない」
「練習の必要なんてないじゃない」
「そんなことはない。王子には完璧が求められるんだ」

 一曲で逃げようとしている王子の言葉とは思えない。ミレイナは肩を揺らして笑った。

 社交デビューすればセドリックは忙しくなるだろう。彼は頭もよくて剣術にも優れている。原作でも彼は忙しくしていた。