それから八年。セドリックは小説のとおり美少年へと成長を遂げた。

 この八年間で、ミレイナも少しずつ変わっていった。少女から大人の女性へ。そして、少しずつ前世の持っていた感情や価値観も混ざり合っていった。

 最初こそセドリックのことを「もう一人の自分が好きな男の子」だったのだが、今ではミレイナ自身も可愛い弟のような、そんな風に思っている。

 十歳から十八歳という一番変化する時間を共に過ごしたせいだろうか。

 いつの間にかミレイナの背を抜かし、見下ろされるようになってしまった。

 肩幅も広くなり、筋張った手は青年へと近づいているように思う。

 原作小説では成長したあとからの話だったから、これはミレイナの特権と言えよう。

 ミレイナはクッキーを口に含むとにへらと笑った。

「そんなにそのクッキーがおいしい?」
「ん? ええ。王宮のパティシエは腕がいいわ」

 セドリックは「ふーん」と興味なさげに言うと、本に視線を戻す。

 八年間続いた二人の関係は友達と言っていいものかはわからない。いつも、ミレイナが遊びに来てぴったり一時間、セドリックとともに過ごす。

 たいていはセドリックの読書の横で用意されている菓子を楽しみながら、彼の顔を眺めて楽しむのだ。

 会話はどちらかというとミレイナからの一方通行であることが多い。それでも相槌を打ってくれるし、原作でもそこまでおしゃべりなキャラクターではなかったから、問題ない。

 セドリックの情報は王妃や、彼の乳母から手に入れられた。彼との時間は彼の麗しい姿を記憶に残すことに費やさなければならないのだ。

 ミレイナはエキストラ。物語が始まる前にこの関係は終焉を迎えなければいけないのだから。

 二枚目のクッキーを手にしながら、「そうだ」と小さな声で言った。

「残念だけれど、そろそろ頻繁にここには来られなくなってしまうの」