「忘れるわけないじゃない」

 推しとの一日一日を忘れるはずがない。彼の言葉、仕草、表情。全部日記に書き留めてあるし、何度も読み返している。

「まあ、失敗しないからいいけどさ」

 セドリックは恥ずかしそうに呟いた。


 ◇◆◇


 いつもは楽しみだったセドリックとの時間。ミレイナは初めて緊張していた。あまりよく眠れなかったのは、あの賭けのせいだろう。

『脛を蹴ったらミレイナからのキス』

 セドリックからは何度か受けてきた口づけ。――もちろん唇以外だけれど。それだけでも驚いたし、恥ずかしかった。不意打ちでもあんなに胸がドキドキしたのに、自分からと想像すると、その心臓も止まってしまいそうだ。

 昨夜は何度も想像しては身もだえてしまった。嫌なわけではない。だって、相手は前世から推してきたヒーローなのだ。

 この世界で指先や頬へのキスは挨拶のようなものだということは知っている。高貴な令嬢や婦人が紳士や騎士から指先へ口づける挨拶を受けているところを、幾度となく見ているからだ。

 しかし、ミレイナはそういう機会に恵まれたことはなかったし、口づける相手といえば、家族ばかりだった。

(殿下にはお遊びかもしれないけど、わたくしにとっては一大事だわ)

 脛を蹴るなんて失敗、最近ではしていない。けれど、もしかしたらという心配が頭をぐるぐると回る。

 セドリックの脛に青あざを作ることも大問題だし、彼にミレイナから口づけるというのも大変な話だ。

 家族が聞いたら卒倒するかもしれない。

(どうにか回避しないとっ!)

 そう意気込み、ミレイナはセドリックの元へと訪れた。来て早々、王宮の侍女に案内されたのはいつもとは違う場所だ。