推しに可愛らしく聞かれて、「だめ」と返せる人間がいるだろうか。ミレイナは目をぎゅっと瞑って彼の視線から逃れあと、小さく頷いた。

「いいわ。その代わり、セドリックが失敗したら……」
「失敗したら?」

 どんな罰ゲームがいいだろうか。天才と言われる彼のことだ。ダンスの練習で失敗することはない。だから、これはただのお遊びで、本当に行うわけではないのだろう。

 でも、万が一ということもある。

「そうだわ。セドリックが失敗したら、ファーストダンスの他にもう一人と踊るというのはどう?」

 原作でセドリックは社交デビューの舞踏会で適当にシェリー一人と踊ると、さっさと会場を後にしてしまったのだ。彼を狙っていた令嬢は数知れず。その後シェリーが目の敵にされたのは間違いない。

 しかし、二人に増えればきっと無意味ないじめはなくなるはずだ。

(いいアイディアだわ。あらすじどおりことが進むと可哀想だもの)

 数ヶ月前まで平民だった令嬢が、日々荒波に揉まれてきた都会の令嬢と渡り歩くのには無理がある。だから、彼女は令嬢たちのいじめに苦しむことになるのだ。

 セドリックは少し不満そうに顔をしかめた。

「普通、舞踏会は二人どころかたくさんの人と踊るものだろ? そんな賭け意味ないと思う」
「あら。わたくしに『ファーストダンスだけやって逃げてくれば?』という助言をした人の言葉とは思えないわ。どうせ、セドリックのことだから一曲踊ったら逃げるつもりでしょう?」

 彼は不機嫌そうに顔を逸らした。いつもの顔に戻って少しホッとする。最近ミレイナを見るとき、少し雰囲気が変わって不安だったのだ。

 こういう風に拗ねているほうが彼らしくて安心する。

「……六年も前の話を覚えているなよ」