「風邪がうつるから、早く帰れ」
「だめよ。まだ二十分しか経っていないわ。あと四十分はいいでしょう?」

 彼女はそう言いながら、二時間くらいセドリックの側にいたように思う。「早く帰れ」と言いながら、セドリックは彼女の声を、言葉を、存在を求めていた。


 ◇◆◇


 セドリックはベッドの上にミレイナを下ろした。いまだ気持ちよさそうに眠っている。

 あどけない寝顔を見せられていると少し苛立った。警戒すらされないくらいに安全だと思われているということだ。

 子どものころはわからなかった感情も、今ならはっきりと理解できるようになった。

(閉じ込めておければ簡単なのに)

 ミレイナは元々アクティブなほうではない。だから、セドリックが用意した箱の中に閉じ込めて、他の人に会えなくしてもそこまで不便は感じないのではないか。

 そんなことをすれば、彼女から生涯嫌われてしまうことはわかるので、できるわけがない。

 セドリックは彼女の身体がほしいわけではない。彼女のすべてを求めているのだ。

 笑顔も、視線も、彼女の心もすべて独占したい。

「なんで最近、婚活なんて始めようと思ったんだ? 知ってる?」

 アンジーに問うと、彼女は困ったように眉尻を落とした。

「私にもはっきりとは言わないのですが、お嬢様は殿下には運命の相手が現れると信じているようです」
「運命って……」

 運命があるとしたら、ミレイナ自身だとは思わないのだろうか。セドリックにとってこれが最初で最後の恋だというのに。

 社交デビューを果たしたら結婚を申し込む予定だった。そもそもセドリックとミレイナは婚約者同然の関係ではないか。

 でなければ毎日会うわけがない。ただ約束を交わしていないだけ。その必要もないほどの仲だと信じて止まなかった。

 ミレイナはずっと隣にいると疑わなかったのだ。

「……作戦変更だ」

 セドリックは思わず呟いた。