デビュタントであるミレイナは朝から準備に追われているはずなのに、いつもと同じ時間にセドリックに会いに来たらしい。

 従者に言って追い返してもらった。こんな大切な日に、セドリックに会いにくる余裕なんてあるはずがない。ミレイナはそこまで器用な人間ではなかった。

 きっと、無理に時間を作って来たのだろう。それなのに、風邪をうつしてしまったら目もあてられない。セドリックですら辛い熱なのだ。体力のないミレイナであればもっと苦しむだろう。

 吐く息の熱さに耐えながら、セドリックは眠りについた。

 そのあとどのくらい眠っていたのかはわからない。

 ひんやりと冷たい何かが額に乗った感触で目が覚めた。

 氷ほど冷たくはない。けれど、その柔らかな感覚が妙に優しくて心地よかった。最初からこれを使ってくれればもっと楽に過ごせたのにと、心の中で悪態を吐きながらゆっくり目を開ける。

 暗がりの中に浮かんだ金の髪。

「ミ、レイナ……」

 思わず、ミレイナの名前を呼んだ。今日は追い返したはずだというのに。

「目が覚めましたか? お医者様を呼んできますね」

 離れて行く手を思わずつかむ。

「なんで……」
「わたくしの手って冷たいの。冷やしたタオルはすぐにぬるくなってしまったから……」
「そうじゃなくて、なんでここにいるんだよ……」

 窓の外は真っ暗で、きっと夜会はすでに始まっている。こんなところで暇を潰している余裕はないはずだ。

「安心して。夜会はちゃんと行ったのよ? お兄様とダンスを踊ったら暇になってしまったからこっそり逃げてきたの」

 悪戯を告白するような表情で、ミレイナは小さく舌を出した。