それが許される数少ない令嬢であることを、彼女は理解していなかった。なぜ彼女はいつも自分を卑下するのだろうか。

 特別なものなど何も持っていないとでも言うかの如く。

 誰にも劣らない素晴らしい家柄と、母親譲りの美しい顔立ち。飾らない人柄。

 まだ社交デビュー前だというのに、ミレイナの評判を耳にするようになった。

「はぁ……。ずっとここにだけいられればいいのに」
「いたいならいればいい。匿ってやる」
「ふふ……。殿下が社交デビューするまでここに匿ってくださる?」
「三年くらいなら隠してやってもいい」
「ありがとう。殿下のおかげで気が楽になったわ」

 ミレイナは笑みを浮かべた。

 彼女は冗談に取ったようだが、本当に三年くらいならセドリックが住まう王子宮で匿うことくらいできる。

 セドリックが側で守れるようになるまで、誰の目にも届かない場所に隠してしまえたらどんなにいいだろうか。

 ミレイナはエモンスキー公爵家の令嬢だ。エモンスキー家にはウォーレンとミレイナの二人しかいない。公爵家と繋ぎを作るには結婚が一番手っ取り早い方法と言えよう。

 彼女には婚約者がいない。公爵夫妻は縁談を全て跳ねのけ、『結婚相手は本人に任せるつもりだ』と言って回っているようだ。

 社交デビューしたら、選ばれたい男たちがたくさん現れるだろう。

「やっぱり、ミレイナは社交デビューなんかやめたほうがいい」
「まあ、どうして?」
「運動が苦手だろ? ダンスをしたら人を怪我させる可能性がある」
「それは……そうかも。練習に付き合ってくれたお兄様の脛がね、真っ青なの」

 ダンスの練習のせいで筋肉痛だと愚痴をこぼしていた時期があった。いつもお喋りなミレイナがダンスの練習の話題だけは避けているようだったから、よほど苦手なのだろう。

「なら、ファーストダンスだけやって逃げてくれば?」