「ええ。でも、そのときはわたくしよりもうーんと背が伸びているはずですから、屈んでくださいね」

 ミレイナは鈴が転がるような声で笑った。

「次、風邪を引いた時には王宮に来い」

 ミレイナは不思議そうに首を傾げた。

「王宮の医師なら十日もかからない」
「お父様が『いいよ』と言ってくださったら、押しかけちゃおうかしら?」

 エモンスキー公爵の許可など必要はない。セドリックに与えられた場所はセドリックが許可さえすれば立ち入ることが許されるのだ。

 ミレイナがここに来れば十日間ヤキモキする必要がないと、セドリックは思った。

 セドリックが十歳のときに出会ってから、二年の月日が流れたころ。

 二人の関係に変化はなかった。少し、セドリックの身長がミレイナに近づいたくらいだろうか。

「はあ……」
「さっきからうるさいんだけど」

 ミレイナの何度目かのため息で、セドリックは本を閉じた。彼女の眉尻は弱弱しく下がっており元気がない。

「社交デビューの日が近づいてきたじゃない? 憂鬱でしかたないの」
「別にただドレス着て挨拶するだけだろ?」

 貴族の家に生まれれば、いつかは通る道だ。たとえ、ミレイナが人見知りだとしてもこればかりは仕方ない。

 こういう時、五歳という年の差をもどかしいと思った。社交デビューが許されるのは早くて十五歳。そして、王都に住む貴族の子は十八歳までには社交デビューを済ませてしまう。

 それ以上遅くなれば病気や他の問題を疑われる。

 セドリックが社交デビューできるのは最低でも三年後で、そこまで彼女を引き留めることは難しかった。

 どんなに勉強ができても意味はない。国政に関わろうと、まだ十二歳という年齢では子どもだと見られてしまうのだ。

「さっと行ってさっと帰ってくればいい」
「そう簡単でもないのよ。どの世界でも新人って肩身が狭いものなの」
「エモンスキー公爵家の令嬢が肩身の狭い思いをするわけあるか」

 エモンスキー公爵家に逆らえる家などほとんどないというのに、何を怖がる必要があるのか。家の名前に胡坐でもかいて大きい顔をしておけばいい。