「……十日で髪の毛がそんなに伸びるわけがないだろ」
「そうですわよね。わたくしったら」

 ミレイナは恥ずかしそうに笑った。

「なんで、今更来たんだ?」
「あら、いけませんでしたか?」
「……ダメとは言っていない」
「よかった。もう忘れられていないか心配していたおりましたの」
「あと一日来なかったら、忘れていたかもな」
「まあ! では神様に感謝しなければなりませんわね」

 ミレイナは胸の前で手を組んで目を瞑った。神に感謝の言葉でも上げ連ねているのだろうか。

 いつだって、ミレイナの調子に振り回される。彼女の独特の雰囲気がそうさせるのかはわからない。ただ、彼女が笑っていると、文句の一つを言うのも無粋だと感じるときがある。

「風邪を拗らせて十日もお部屋から出してもらえないなんて、思いもしませんでした」
「風邪?」
「はい。最近はやっているようですので、殿下もお気をつけくださいね。うがいと手洗いが予防になりますからね」

 まるで幼い子を相手にするように、彼女はわざと屈んで視線を合わせ、セドリックの目を覗き込んだ。綺麗な青い瞳を直視できず、セドリックは目をそらす。

「子ども扱いするな」
「あら、そんなつもりはなかったのですが」
「うがいと手洗いくらい当たり前にやるだろ」
「まあ! 殿下はしっかりなさっているのね。お兄様なんて、帰ってきても手を洗おうなんてしないのよ」

 ミレイナはセドリックの頭を撫でた。カッと頬に熱が上がる。最近は母にだって撫でられることはなくなったというのに。

「こ、子ども扱いするなって言っているだろ?」
「いいではありませんか。大人になっても頭を撫でられると嬉しいものですよ?」
「嘘だ」
「では、大人になったら試してみましょう? ね?」

 まるでその日まで一緒にいるような言い方だ。

 彼女はきっとその時までセドリックの側にはいない。だから、大人になったセドリックの頭を撫でることもないだろう。

「試せるなら試してみろ」