空いた一人掛けのソファを見る。いつもセドリックが座る席の右斜めに置いた一人掛けのソファに彼女は座り、王宮のスイーツを楽しむ。

『ねえ、殿下。なんの本を読んでいるの?』

 彼女は何の気なしに聞くことがある。タイトルを答えても、内容を答えても理解はできていない様子だった。

『十歳ってもっと冒険小説とか、読んでいるものだと思っていたわ』
『そんなもの読んで何になるんだよ』
『ワクワクするのよ。この前、お兄様の蔵書を読ませてもらったけれど、色々な場所に冒険に行くの。このお部屋には同じ本がなさそうだから、今度お持ちしますね』
『必要ない』

 セドリックは断ったのに、ミレイナは次の日にはその本を部屋のテーブルに積み上げたのだ。

『いらないって言ったのに』
『あらあら。わたくしったら。でも、もしかしたら読みたくなるかもしれないでしょう?』

 そう言いながら置いていった本は五冊は今もテーブルの上に積み重なっている。一度も手をつけていないのに、彼女は持って帰る素振りも見せなかった。

 ミレイナは来なくなり、彼女の本だけが残った。

 この部屋にあるのは歴史書などの王族に必要な教養を身に着けるための本だけだ。こんな冒険小説はこの部屋にはそぐわない。

(そうだ。さっさと読んで返せばいい)

 返すときに文句の一つや二つでも言ってやろう。

 そう言い聞かせ、セドリックは五冊の本を読み始めたのだ。


 ◇◆◇


 ミレイナが王宮にひょっこりと顔を出したのは五冊目に差し掛かった時だ。

「あら殿下、お会いしないうちに少し髪が伸びましたか?」

 まるで季節の挨拶でもするかのように、悪びれもなく自然だった。だから、セドリックはこの数日で溜めてきたミレイナへの文句が吹っ飛んでしまった。