「外だけでいいでしょう?」
「ミレイナは抜けているところがあるから今から練習しておいたほうがいい。ほら。誰にも言わないから」
「……リック」
「小さくて聞こえなかった。もう一回」
「意地悪なんだから」

 意識的に呼び方を変えるというのはこれほどに恥ずかしいものなのだろうか。今まで、無意識に『殿下』呼んでいた。

 八年間貫いてきた呼び方を一日とは言え変えるのはやはり気恥ずかしいものだ。

「セドリック……」

 どうにか名前を呼ぶ。蚊の鳴くような声ではあったが。

 次はしっかりとセドリックの耳にも入ったようで、彼は満面の笑みで笑った。

「合格」

 ただ名前を呼んだだけなのに、彼は嬉しそうだ。

「絶対に秘密よ。お兄様にも言っちゃだめよ?」
「もちろん。だからもっと呼んで」
「そんなにたくさんは無理よ」
「一回も二回も変わらないじゃないか」

 何度呼んでも恥ずかしいのは変わらない。つまり、呼べば呼ぶほど恥ずかしさが山のように積もっていくというものだ。

 ミレイナはセドリックから目をそらすと、窓の外を見た。

「ほら! 見て! 湖が見えてきたわ!」

 景色が変わり、大きな湖が姿を見せた。