ミレイナには前世の記憶がある。

 そして、この世界が前世で読んでいた小説にそっくりであることも覚えていた。

 そのことに気づいたのは、ミレイナが十歳のときだ。今のミレイナに少しずつ前世の記憶が混ざっていくような感覚だった。

 ただ、残念なことに、ミレイナ・エモンスキーという令嬢は本編では名前すら登場しない脇役。いや、モブ。よく言えばエキストラだったことだ。

 幸か不幸かエモンスキー家は公爵家という由緒正しい家柄で、王家とは近しい距離だ。

 前世のミレイナはどうもそのセドリックが大好きだったようだ。ミレイナの中に「彼に会いたい」という恋とは違う感情が芽生えた。

 小説のヒーローであり第三王子であるセドリックとの年の差は五歳。

 だから、ミレイナは前世の知識を総動員してセドリックに近づくことにしたのだ。

「先生?」
「はい。ミレイナ・エモンスキーと申します」
「僕には教師など必要ない」
「はい。もちろん存じておりますわ」

 セドリックの突き放すような言葉と態度に、ミレイナは満面の笑みで答えた。

「殿下が先月で王族に必要な学問をすべて修めた天才であることは、王国民なら誰もが知る事実ですから」

 セドリックは抜きん出た才能を持っている。歴代の王族の中でも十歳という最年少で王族に必要な学問を修めた。もう、学ぶことなど一つもない。

 彼は先月、全ての教師に暇を与えた。もちろん、原作にもそれは言及してあったことだ。そこから原作が始まるまでの八年間、彼がどんな生活をしていたかはあまり語られていない。