夕陽が沈む前、
一哉君は少し緊張した顔で私にひとつずつ質問を投げかける。

「……もう一度聞くよ、
どうして、本当の母親、梓葉さんの事を隠していたの?」

これは別に嘘をつく必要はない。

「復讐のためだよ。
一哉君の父親はママの事を見殺しにしたの。
私にとって憎くて堪らない人なの」

「じゃあ俺との出会いは、
……仕組んだ?」

……これも、いいかな。

「うん、そうだよ。
仕組んだっていうか、あの日図書館で会ったのは本当に偶然だけどね。
さすがの私でも、まさかお坊ちゃんの一哉君があんな図書館に来るなんて思わなかったよ。
でも、その前から私は一哉君の事知ってたから、
仕組んだってのもまあ嘘ではないかな。
どうやって偶然を装って出会おうか考えてたから」

少しずつ、一哉君の顔に陰がさす。
聞きたくなかったよね、
でも、扉を開けたのは一哉君だよ。

「父親は、
……何で、死んだの?」

疑ってるんだね。
まあ当たり前か、
桐生一仁からも色々聞いてるだろうし。

「パパは事故だよ。
仕事中のね」 

私の言葉に少し安心したような顔になる。
……信じるんだ、私の事。

パパは本当は私が殺したのに。 

「じゃあ、川西さんの事故に、
柚葉は、関わってる…?」

……やっぱりきたか、この質問。

川西さんが一哉君に対して友達以上の感情を持っている事は知っていた。
だって川西さん、一哉君にバレないように
一哉君の事、特別な表情をして見ていたから。

でもまさか、そんな恋心のためにあれだけの事をするなんて思いもしなかった。
川西さんの行動力にやられた。

あの日、川西さんが一哉君に何か伝えようとしていたのはすぐに分かった。
1日中、一哉君に対する視線が、表情がいつもと違ったから。
本当に微かな違いだけど、少し緊張していて、
それでいて何か決意を固めた様な表情だった。

そしてね、川西さん。
私の事もそんな視線や表情で見てた事、
分かってたよ。

あの日、川西さんが一哉君の事引き止めてたのも、
私、見てたんだよ?

もっと言えば、川西さんが私の部屋に入ったのも分かってたんだよ?
だって、あの日私の部屋、
人が入った形跡があったから。

百合さんは私の部屋には絶対に入らない。
一緒に暮らすけれど、お互いプライバシーはきちんとしよう、
お互いの部屋には絶対入らない、
そう最初に約束してたから。

だけどあの日、部屋に入った瞬間何か違和感を感じた。
違和感の正体はすぐに分かった。

ママのノートが、ズレていた。

いつもは机の1番上の引き出しにしまっているけれど、
あの日は出かける直前まで見ていたから、机の上に置いていた。
机の上のちょうど真ん中の位置に。

なのに帰った時、机の左端に置かれていた。
それも慌てたかのように、投げたかのように乱雑に。

すぐにインターホンのモニターの録画をチェックした。
画面には川西さんの姿。

だから私、分かったよ。
川西さんは、ママが私に遺してくれた、
私とママ、ふたりだけの秘密のノートを見たんだって。

そしてそれを、一哉君に伝えようとしているって。

まだ一哉君に知られる訳にはいかなかった。
だってまだ復讐は終わっていない。

川西さんが一哉君に余計な事を言う前に何とかしなきゃ、そう思って私はわざと委員会の仕事を残しておいた。
私が友達と約束していると思っている一哉君は、自分がやるから大丈夫だと言って私に帰るよう促した。

でも私、あの日約束なんてしてなかったんだ。
ただ単純に友達と教室を出ただけ。
その後すぐに教室に戻ったの。

教室には川西さんが落ち着かない様子でひとりでいた。
ドアの開く音に顔を上げた川西さんは、
私を見て凄く驚いた顔をしていたなぁ。

『冬野さん、帰ったんじゃなかったの……?』

震える声でそう聞いてきた川西さんに、私は笑顔で答える。

『ちょっと川西さんと話がしたくて戻っちゃった』

『わ、私に……?』

『うん!
ねぇ川西さん、昨日、見たんでしょ?
ママが私に遺してくれたノート』

私の言葉に一気に顔色を悪くした川西さんは、何も言わずただ首を振るだけ。

そんな川西さんに近づきながら話を続けた。

『駄目だよ、川西さん。
人の部屋に無断で入って、おまけに勝手に部屋にある物見るなんて』

笑顔を崩さず聞いているのに、
川西さんは益々真っ青になって震えていた。

『ち、違……』

『違わないよ?
川西さんは勝手に私の部屋に入って、勝手に私の大切な物を触って、勝手に中身まで覗いたの。
それで?川西さん、
……一哉君に何を言うつもり?』

『あ……、ち、違…、
違うの……。
わ、私……』

震える声でそう言ったかと思ったら、
次の瞬間、川西さんは教室から飛び出ていった。

急いで後を追って、階段のところで追いついて少し口論になった。

『私は桐生君を自由にしたいだけ!』

『約束したの!
私が自由にしてあげるって!』

……自由?
何を言っているの?

川西さんが一哉君を自由にする?
約束?

……何それ、
そんなの、一哉君から聞いた事ない。

『だから桐生君をもう自由にしてあげて!
桐生君のお父さんと冬野さんのお母さんの事は、桐生君には関係ないじゃない!』

……関係ない訳ないじゃない。
桐生一仁の息子なんだから。
それに、
一哉君はあの時、
あの女を殺したあの時から私と同じ場所にいるんだから。

『一哉君に自由なんてないよ、 
だって一哉君は私のために人を殺したんだから』

『え……?』

『一哉君は人殺しなの。
私の継母を殺したの。
私のために。
それを私が庇って守ってあげたの』

『……そんなの、
信じない!』

そう言って川西さんは私に掴みかかってきてもみ合いになった。

その時川西さんは私の腕時計を掴んだ。
別に腕時計を狙った訳じゃないと思う。
単純に掴みやすかったんだろう。

だけど、この腕時計はママの形見だ。
ママが高校に入学した時に父親、私にとっての祖父からプレゼントされた物で、ママが大切にしていた。
私が高校生になったら、譲ってくれるって約束していた腕時計。

ママが亡くなった後、
パパやあの女にバレないようにこっそりママの鏡台から取っておいた。
そして高校に入学した時に、はじめて着けた。
その時からお守りがわりにずっと着けている。

そんな大事な腕時計を掴まれて思わず川西さんを強く押した。
そのままバランスを崩して川西さんは階段から落ちていった。

……ここまでするつもりはなかった。
でも、もう後には引けない。
私はその場から逃げた。
腕時計を強く握りしめながら。

「柚葉……?」

何も言わない私に、一哉君が心配そうに私の名前を呼ぶ。

「ねぇ、一哉君。
川西さんが一哉君を自由にするって、約束してたの?」

「え……?」

「面白い事言うよね、
自由になんて、そんなの無理だよね。
だって一哉君は
人殺しなんだから」

忘れさせないよ、
一哉君は人殺しなの。

本当は私が殺したなんて、誰にも分からない。

だから
一哉君はずっとずっと、
人殺しの罪を背負ってね。

そして、
もうひとつ、

背負ってもらうから。