梓葉の通う学校まで後少しというところで、梓葉が男と2人で歩いているところを見かけた。
見間違いかと思ったが、僕が梓葉を見間違う訳がない。
思わず身を隠して2人の後を追う。

学校から少しわき道に入り生徒がいなくなったところで梓葉は足を止めた。

「話って何かな?
私、約束があるから早くいかなきゃいけなくて……」

申し訳なさそうにそう言った梓葉に男も足を止め、少し下を向いていたかと思うと急に顔を上げ意を決した様に口を開く。

「……僕、二宮さんの事が好きなんだ……!」

……何となく分かってはいた。
男は梓葉と歩いている間ずっと、梓葉の事を赤い顔で凝視していた。
その視線に梓葉は気づいていなかったけれど、僕はその視線が気持ち悪くてたまらなかった。

梓葉は硬直していて言葉も出ない感じでいる。
そんな梓葉に畳み掛けるように男は言葉を矢継ぎ早に捲し立てる。

「中学に入って二宮さんを見た時からずっとずっと好きだったんだ!
ずっとずっと二宮さんだけを見てきたんだ!
だから僕とつきあって下さい!
僕、絶対に二宮さんを幸せにするから……!」

……ふざけるな、
梓葉を誰よりもずっとずっと好きなのも、
梓葉を幸せにするのも、お前じゃない、
僕だ。

……でも、梓葉はどうだろうか。
僕は、梓葉から異性としての好きを聞いた事はない。
もしも、
もしも梓葉がこの男の告白を受け入れてしまったら……。

そんな不安と自信の無さから動けずにいる僕の耳に梓葉の声が響いてくる。

「……ごめんなさい。
その気持ちは受け入れられない」

そう、はっきりと口にした梓葉に僕は胸を撫で下ろす。

……良かった、
そう安心した瞬間、男の叫び声に似た声が辺りに響き渡る。

「どうして!?
どうしてだよ!?
僕はずっと二宮さんだけを見てきたのに!
彼氏いないならいいじゃん!
お試しでもいいから!
ね!?つきあってよ!
ねっ!?」

そう言って梓葉に詰め寄る男に僕は考えるより前に身体が動いていた。

「梓葉に近づくな」

そう言って梓葉と男の間に割って入る。

「かず、君……?」

驚いたように僕を見る梓葉の顔は男に詰め寄られた恐怖から怯え、青く染まっていた。
そんな梓葉に僕は大丈夫だと言う代わりに笑顔を返す。

「はっ?
誰だよお前!」

急に現れた僕に男は驚きながらも不快感を全面に出してくる。

「梓葉の彼氏だけど?」

「はっ⁉
え、二宮さん、彼氏いたの?」

そう心底驚いたように梓葉に聞く男。
梓葉は僕の後ろから僕の言葉に同意するように首を縦に振る。

「……何だよ、彼氏いないって女子達と話してたクセに……!」

ぶつぶつと文句を言う男に僕は言葉を返す。

「学校で何か言われたりした時に他校の僕じゃすぐに守りにいけないから、つきあってる事は今は内緒にしておこうって僕が言ったんだ。
……でも、もう隠す必要はないかな。
こんな風に今後梓葉にちょっかい出す男がいても困るし」

僕の言葉に男はこれ以上この場にいても自分が惨めなだけだと気づいたのだろう、
まだぶつぶつと言いながらも足早に去っていった。

「……大丈夫?」

男が見えなくなってから梓葉にそう聞くと、
梓葉は力が抜けたように僕にもたれ掛かってきた。

「……怖かった……」

ポツリとそう言った梓葉の顔はまだ少し恐怖に染まっている。

「あれ、でもかず君、
何でここに……?」

それでも少しずつ冷静さも戻ってきた梓葉は不思議そうにそう聞いてくる。

「ああ、時間よりだいぶ早く図書館についたから、せっかくだから梓葉を迎えにいこうと思って。
そしたら偶然梓葉がさっきの男と歩いているところを見かけて……」

後を追った、なんてちょっと言いたくない。
だって、そんなの僕だってあの男と変わらないと思われてしまいそうで。

「そっか、
良かった、かず君がいてくれて……」

そう言って本当に安心したような笑顔を僕に向けてくる梓葉。
そんな梓葉がたまらなく愛しくて愛しくて、
僕だけの梓葉にしたくて、
そう思った瞬間、僕は梓葉を抱きしめた。

「か、かず君……?」

「好きだよ、梓葉」

いきなり抱きしめられて狼狽える梓葉に僕は気づかない振りをして気持ちを伝える。

一度流れ出た言葉は、想いは止まらない。
次々と口から溢れてくる。

「出会った時から梓葉は僕の特別だった。
大好きなんだ、梓葉が。
ひとりの女の子として。
はじめてなんだ、こんなに誰かひとりを好きになるのも、守りたいって思うのも。
ずっとずっと、梓葉と一緒にいたい。
梓葉の笑顔を見ていたい」

僕の腕の中にいる梓葉は小さくて華奢で、
力を入れたら壊れてしまいそうだ。

抱きしめる腕を緩めて梓葉の顔を見る。
赤く染まる梓葉の顔も全てが愛しい。

「好きだよ、梓葉。
誰よりも、梓葉が好きだ」

真っ直ぐに梓葉をみてそう告げる。

……どれ位時間が立ったのだろうか。
恐らく時間にして5分程だろうか。
それでも、僕には1時間にも3時間にも感じる程に長い時間だった。

梓葉がそっと、僕の手をとった。
小さな手、だけど誰よりも暖かい手が僕の手を包み込む。

「私も、かず君が好きだよ」

そう言った梓葉の顔はやっぱり赤く染まったままで。

「本当はね、私も出会った時からかず君が特別だったよ。
かず君はいつも私を笑顔にしてくれて、
いつも私を幸せでいっぱいにしてくれて……。
私もね、かず君とずっと一緒にいたいなって思ってた。
いつも私に幸せをくれるかず君に、私は何を返せるかなっていつも思ってた」

少し恥ずかしそうに、
だけどやっぱり僕の好きな向日葵の様な笑顔で、
梓葉は僕を真っ直ぐにみて、言ってくれた。

「大好きだよ、かず君。
誰よりも、かず君が大好き」



……思えばこの時から、
僕達はあの未来に向かっていたのだろうか。

僕が、
梓葉の命を奪う未来へ。