ドアをくぐり抜け部屋の中へと入る。
初めて足を踏み入れたその部屋は掃除が行き届いていて綺麗にされているが、想像より質素だった。
広さはあるが家具は古い大きめのデスクに椅子、これまた大きめの本棚、そしてソファーにテーブルのみ。
余計な物を一切省いたという感じだ。
多分父さん的にはソファーとテーブルもあまり必要ないのだろう。
使われている感じがあまりない。

デスクにはパソコンやら書類やらが几帳面に置かれている。
花のひとつも飾っていない。
勝手な想像で社長の部屋と言うのは毎日花を飾り豪華で煌びやかな感じだと思っていたから少し驚いた。

体裁やら見栄に拘る桐生一族の人間なのに。

「おはようございます、社長。
受付から連絡が入っているとは思いますがロビーで一哉君にお会いしましたので、勝手ながらお連れ致しました」

「ああ、聞いている」

それだけ言って父さんは俺に真っ直ぐに視線を向けてきた。
その目は相変わらず冷たく俺は背中にひとすじ冷たい汗が流れたのが分かった。

「では私はこれで。
人払いはしておきますので、ごゆっくりお話下さい」

そう言って部屋を出ていく高橋さんはすれ違い様に俺に穏やかな笑みを向けてくれた。
その笑顔に少し安心し、
俺も真っ直ぐに父さんを見る。

「連絡もなしに急にすみません。
どうしても父さんに聞きたい事があって」

「学校の事なら無駄だ。
お前は元の付属校へ戻るんだ。
決定事項だ」

そう淡々と、だけど威厳のある声で話す父さんに俺は鞄からあの古いノートを取り出し、父さんの前に広げる。

その瞬間、父さんの表情が、顔色が本当に一瞬、変わったのが分かった。
普段あれだけポーカーフェイスを崩さない父さんの顔が崩れたその一瞬が勝負と言う様に俺は畳み掛ける様に写真も出す。

「今日はこの写真の女性について聞きにきました。
この女性が誰だかは、
……申し訳ありません、プライバシーの侵害だと分かっていながらこちらのノートを見て把握しています」

恐らく内心は物凄く動揺しているはずだ。
それでも、もうこれ以上の感情は出さないとでも言うのか、
一瞬崩れた表情はまた一瞬でいつものポーカーフェイスに戻った。
きっとこの一瞬の表情の変化は俺や高橋さんにしか分からないだろう。
それ程までに父さんは感情を全て押し込め隠し切っている。

ここまで来るのに、父さんもありとあらゆる努力、苦労の連続だっただろう。
裏切りもあっただろう、人間不信にもなっただろう。
それでも桐生コンツェルンを、桐生の人間を守るため感情を隠し切って隠し切って、押し殺して、
自分というひとりの人間としての気持ちも生き様も捨ててきたのだろう。

だけど、
そんな父さんが唯一、
忘れられず、
捨てられず、
想い続けた人がいる。


「教えて下さい、父さん。
この写真の女性、
冬野梓葉、旧姓二宮梓葉について。
……どうして、父さんがこの女性を


殺したのか」





父さん、

俺達はやっぱり親子なんだね。

たったひとり、
大切で大事で守り抜きたい、
大好きで大好きでたまらない、
そんな愛する女の子のためなら、


人を殺す事も出来るんだから。