テーブルに置かれたメモ帳に書き記された俺の名前と川西さん、木下の名前、
そして今回の事に関して無関係の柚葉の名前。
そんな柚葉と俺の名前を刑事は矢印で結びつけ恋人と書き記す。

「君と冬野さんはクラスメイト公認の恋人同士で間違いはないね?」

「……はい、そうです。
だけどそれが何だと言うんですか?」

思わず口調が強くなる。
そんな俺の変化なんて全く気にも止めないかの様に刑事は話を続ける。

「単刀直入に言おう、川西さんはあの日君に冬野柚葉との関係を考え直す様に話そうとしていた」

……は?
何を、言っているんだ?
柚葉との関係を考え直す?
何故?
何故そんな事を川西さんが?

訳が分からない。
何か言わなければと思うのに、
あまりに予想していなかった事を聞いたからかうまく頭が回らない。
そんな俺に刑事は顔色ひとつ変えずに話を続ける。

「それともうひとつ、君が中学時代に通っていた塾だが川西さんも同じ塾に通っていた」

「え……?」

そんなの初耳だ。
川西さんからそんな話聞いた事もないし塾で川西さんに会った覚えもない。

「同じ塾に通っていたのは偶然だ。
君は塾の中でも上位10名が集まる特進クラスだったが川西さんは別のクラスだったから君が知らなかったのも無理はない。
だが、桐生コンツェルンの息子で塾の中でもトップの成績を誇る君は何かと話題の人物だった。
だから川西さんは君の存在に気づいた。
そして、君が昔たった一度出会った男の子だった事にも気づいた」

一度に色々な情報が入りすぎて頭がパンクしそうだ。

「川西さんは嬉しかった。
偶然とはいえ君と同じ塾に通える事が。
そこで君の希望する高校も分かった。
そして同じ高校に通えたら、
高校で再会出来たらとの思いから必死で勉強した。
当時彼女は決して成績が悪かった訳ではないが君達の学校はトップの進学校だからね。
毎日必死で頑張っていたと川西さんの中学時代の友人や塾や中学の先生達から話を聞いたよ」

俺に会うために、
俺と同じ学校に……?

「必死で勉強して無事に合格。
そして、入学式の日君と同じクラス、
隣の席で再会出来た時は本当に嬉しかっただろう。
川西さんは流行る気持ちを押さえて君の隣の席に座った。
だが君から出た言葉は
はじめまして、という初対面の挨拶、
その瞬間、川西さんは酷く動揺し絶望した。
自分はずっとあの日から再会を夢見ていたのに、君は自分の事なんて全く覚えていなかったと」

「……何でそんな事まで……」

「川西さんの中学時代の友人から話を聞いたんだ。
木下君にも話さなかった君の事をその友人にはよく話していたんだ。
子どもの時にたった一度だけ出会った男の子としてね。
塾で偶然見かけた時はそれはもう凄い喜びようだったそうだ。
入学式の日、川西さんはその友人に洩らしたそうだよ、
彼は私の事なんて全く覚えていなかった、
私は彼にいつか会える事を夢見てきたのに、
彼に追い付くために必死で勉強したのに、
彼は私にはじめましてと言った、
私は彼との約束を守るために頑張ってきたのに、とね」

「約束……?」

「そして、その約束が川西さんをあの日突き動かした」

「ちょっと待って下さい、一体約束って何ですか?
それにその約束は昔の幼い子どもの頃に交わした約束ですよね?
それが何で今更関係するんですか?
それも柚葉に!?」

「君を必ず自由にしてあげる」

声を荒げ叫んだ俺に刑事はそうひと言、
静かに告げた。

「幼いながらも桐生コンツェルンの跡継ぎとして自由のない生活をしていた君はその事をあの日、川西さんにこぼした。
と言っても子どもの話だ、もっと遊びたいとかそんな感じのものだったのかも知れない。
そんな君に川西さんは言った、
もっと大きくなったら私が君を必ず自由にしてあげる、と」

もっと大きくなったら私が君を必ず自由にしてあげる……、

その言葉は、
確かに覚えがある。

そうだ、あの時、あの小さな女の子が小さな俺に言ったんだ。

『もう痛いの治ったから大丈夫だね』

『うん、えっと、君はこのホテルにお泊まりにきたの?
それともパーティーにきたの?』

『パーティー?
素敵!
だけど違うよ、パパに着いてきただけ』

『パパ?』

『うん、私の家お花屋さんなんだ。
このホテルにいつもお花を届けてるの。
ほら、このお花もパパが持ってきたんだよ!』

『ふーん、そうなんだ』

『君は?』

『僕は、パーティーに……』

『そうなの!?
素敵だね!いいなー!』

他愛ない話をホテルのロビーでしたんだ。
花の名前も教えてもらった。
俺が知らないカードやゲームも見せてもらった。
だけど、父の会社の人が俺を呼びにきて、俺は会場に戻らなきゃいけなくて。

『ごめんね、僕もういかなきゃ』

『ううん、大丈夫だよ。
あ、ねぇお名前なんていうの?』

『あ、桐生、
えっと、桐生一哉』

『一哉君って言うんだ!
私はね、凛だよ!』

『凛、ちゃん?』

『うん!
ねぇまた遊ぼうね、一哉君!
私の友達も一緒に!
一哉君と同じ男の子でね、家の隣に住んでるの。
きっと仲良くなれるよ、みんなで遊ぼ!』

『あ、でも僕遊べないんだ。
自由な時間なんてないし。
……でも、凛ちゃんとその男の子といつかいっぱい遊びたいなぁ』

『そっかぁ……。
うん、よし!』

『凛ちゃん?』

『大丈夫だよ!一哉君!
もっと大きくなったら私が一哉君を自由にしてあげる!
そしたらみんなでいっぱい遊ぼ!』

『自由、に……?』

『うん!一哉君のお家、すっごく大きくてよく分かんないけどすごいんだよね?
じゃあ私、勉強頑張るね!
そして一哉君のお家でいっぱい働いたら一哉君も自由になるよ!』

『……そうなのかな?』

『うん!よく分かんないけど、いっぱいお勉強頑張ったら大きくなった時にすっごく大きくてすごい所で働けるって幼稚園のお友達が言ってたの。
だから私、頑張るよ!
そしたらいっぱい遊ぼうね!
約束!』

『……うん!
あ、そうだ、これあげる!』

『わぁ!可愛い!
くまちゃんだ!
キラキラしてる!』

『魔法のお礼だよ』

『ありがとう!
大事にする!』

『バイバイ、凛ちゃん』

『バイバイ、一哉君!』



……そうだ、
このキーホルダーは魔法のお礼として俺が渡した物だ。
ホテルのスタッフに貰ってたまたまポケットに入れていた物。
川西さんはずっとあの日の約束を覚えてくれていたんだ。
そしてたまたまポケットに入れていただけだったキーホルダーを11年間、ずっと大事に持ってくれていたのか……。

「君に忘れられていたショックはあったが、せっかくクラスメイトとして再会出来たのだから、これからは友人として仲良くなれたら、そしていつかあの時の約束を話せる時がきたらその時は約束通り彼を自由にしてあげたい、いっぱい遊びたい、そう友人に話していたそうだ。
その言葉通りに川西さんは君とクラスメイトとして、友人として仲良くしていた。
君が冬野柚葉とつきあっているのを知ってもその気持ちは変わらなかった。
彼には彼女がいた、とても綺麗で明るくて頭もいい、素敵な彼女ですごくお似合いだ、
いつか彼女も一緒にみんなで何のしがらみもなく自由に遊べたら、そう言っていたそうだよ」

「なら柚葉は今回の事にやっぱり関係ないじゃないですか」

川西さんと幼い子どもの頃に交わした会話や約束を思い出して、忘れていた自分に対しての怒り、そしてずっと覚えてくれていた川西さんへの申し訳なさややるせなさを感じながらも、
俺はどうしてこの刑事は柚葉の名前を出してきたのかが気になっていた。

もちろん、川西さんには彼女が目覚めた時には誠意をもって謝罪しよう、
そして覚えてくれていた事、約束を果たすためにずっと頑張ってくれていた事に何度でもお礼を言いたい。

だけど、
いや、だからこそ今どうして柚葉が関係していると言うのかはっきりさせなきゃいけない。
これからも川西さんと友人でいるために。

そして、
柚葉と一緒にいるために。

そんな俺に刑事は無情な言葉を相変わらず顔色ひとつ変えずに告げる。

「川西さんが階段から突き落とされる前日、彼女は友人に連絡していた。
酷く動揺していた彼女の声は震えていて言葉に詰まる事もあったがそれでも決意を固めるかの様に友人にはっきりと話したんだ。
私が止めなきゃ、
私が桐生君を助けなきゃ、
約束したんだから、彼を自由にするって。
桐生君は、冬野さんと一緒にいちゃ駄目だ、
ってね」

「……柚葉と、一緒にいちゃ駄目……?」

「友人が理由を聞いても君に話してない間は理由は言えないと言って詳しくは教えてくれなかったそうだ。
だけど、震えながら言ったそうだ、
見なきゃよかった、
だけど、見てよかった、
知らなきゃよかった、
だけど、やっぱり知ってよかった、
これで、彼を自由に出来る。
……彼女は何を見て何を知ったと思う?」

真っ直ぐ鋭い視線を投げつけてくる刑事に俺は何も言えずにただ情けなく下を向くしか出来なかった。

だって分からないんだ。
川西さんが何を見たのか、
何を知ったのか、
さっぱり分からない。

何を止めようとした?
俺が柚葉といる事?
何故?

川西さん、君は一体何を見たんだ?
何を、知ってしまったんだ?

そして、
何故、こんな俺を助けようとしてくれたんだ?
はじめて出会った日の事も、
交わした会話も、約束も、
全て忘れてしまっていたこんな俺を、
どうして――。