「そう、川西さんは桐生コンツェルン60周年を祝うパーティーを開いたホテルに出入りしてた花屋の娘だ。
あの日も父親についてホテルに行ってその時に君に出会った」

真っ直ぐに俺を見ながらそう話す刑事から俺は目が離せずにいる。

「……確かに、微かに記憶はあります。
あの時、パーティーに飽きた俺は会場を抜け出して、そこでひとりの女の子に出会いました。
……それが、川西さんだったんですね」

そうだ、桐生コンツェルンの跡継ぎとしてパーティーに参加させられていた俺はまだ幼かった事もありパーティーが退屈で途中でトイレにいくと伝え会場を抜け出した。

そのまま外に出てブラブラと歩いていたがそれも退屈で仕方なくホテルへ戻ろうとした。
その時ホテルから出てきた大人にぶつかって尻もちをついた。
大人は軽く謝りそのまま去っていってしまった。
俺は痛みでどうしたらいいのか分からず思わず泣いてしまった。
その時、声をかけてきた女の子がいた。

『大丈夫?
ほら、立って!』

そう言って俺の手を引きその場に立たせたその女の子は俺の洋服についた汚れを手で払った。

『大丈夫だよ、私がおまじないしてあげる!
痛いの痛いの、飛んでいけー!』

そう言って両手を大袈裟に上に振り上げる女の子に俺は思わず笑ったんだ。

『ほら、痛いの飛んでったでしょ?
これ、私の魔法だよ!』

そう、得意気な顔で言う女の子。

『うん、飛んでった!
もう痛くないよ』

そう言うと女の子は嬉しそうに笑った。


「……あの時の女の子が、
川西さんだった……」

確かに、俺は川西さんと出会っていた。
だけど、それはあの時一度だけだ。
だから今刑事に言われるまですっかり忘れていた。
いや、川西さんだって忘れていたはずだ。
それに、そんなたった一度の、
それも子どもの時の事なんて覚えていなくて当たり前だ。

「……確かに、刑事さんの言う通り俺は昔、川西さんに会っています。
だけど、それが何だと言うんですか?
俺も川西さんもそんな子どもの頃に会った事なんて忘れていたんですよ」

「川西さんは覚えていたんだ。
君にはじめて出会った日の事も、その時の約束も全部」

「約束……?」

何の事かさっぱり分からない。
約束?
そんな、たったの一度会っただけの相手との約束なんて……。


「これに見覚えはないか?」

「え……?」

頭の中が整理出来ない俺の目の前に刑事はひとつのキーホルダーをぶらさげてくる。
キラキラと光る小さなクマのキーホルダー。

「……それが何だって言う……
!!!」

……そうだ、そのキーホルダーは……

「そう、君が川西さんに渡した物だ。
魔法のお礼だと。
そして、その時に君達は約束を交わした」

目の前で揺れるそれは、とても綺麗にキラキラと輝いている。
もう11年前の物だ。
もっとくすんで、とうに輝きを失っているはずのそれは、11年前の物とは思えない程に輝いている。
それはきっと、
11年間大切に扱ってきたからだろう。
磨いて、磨いて、大切に。

「川西さんはずっと覚えていたんだよ。
君とはじめて出会った日の事も、約束も、
君の涙も笑顔も、全部。
だからこそ、高校で君に再会した時はそれは嬉しかっただろう。
だけど君ははじめて出会った日の事も約束も、全て忘れていた」

頭の中に浮かぶ、
高校に入学して、教室で隣の席になった川西さんとはじめて交わした言葉が。

『隣だね、はじめまして、桐生一哉です。
よろしく』

そう言った俺に川西さんはそつなく普通に返してきた。

『……はじめまして、川西凛です。
こちらこそよろしく』

初対面のありふれた会話に何にも疑問を抱かなかった。

だけど、

思い返せばあの時川西さんは、
少し、
ほんの微かに顔を歪ませた。

だけど俺はそれは初対面の男に対してはそんなもんだろうとスルーしていた。

だけど、違ったんだ。
川西さんはあの時、

悲しんでいたんだ。

それでも川西さんは
俺にそんな思いを気づかれない様に、
いつも普通のクラスメイトとして、
友人として、
接してくれていたのか――。

「本当はこんな事私が君に言うべきじゃないのは分かっている。
川西さんが直接君に伝える事だ。
いや、そうしたかっただろう。
だけどそうも言ってられないんでね。
川西さんが目覚めた時にきちんと頭を下げて謝罪するよ」

そう言って刑事はメモ帳にまた名前を書く。

冬野柚葉、と。

「……どうして、柚葉の名前を?
今、柚葉は関係ないですよね?」

「いや、大有りだ。
今回、川西さんが君に伝えようとしていたのは、彼女、
冬野柚葉の事だからね」

「え……?」

刑事のはっきりとした言葉に、
俺はこれ以上何も言えずにただ刑事の書いた柚葉の名前を見つめていた。