大学は寮で生活していたので、就職と同時に引っ越しをした。渋谷にある会社から5キロ程離れた場所にアパートを借り、毎日走って通勤している。

 家に帰れない社員のためにシャワールームと仮眠室が完備されているので、汗だくで出社しても問題ない。ブラック企業様々である。当然帰りも走っているので、終電を気にする必要がないのは想定外ではあるが‥‥

 更衣室でトレーニングウェアに着替え、軽くストレッチを済ませる。スマホを置き忘れていることに気づいてデスクに戻ると、鈴木君が覚醒していた。

「鈴木君お疲れ」

「ああ、大和さん。もう帰るの?」

「うん。11時過ぎてるから、もうっていうかやっとって感じ?」

 ぐうううう‥‥‥‥

 会話の途中で鈴木君のおなかからもの凄い音が鳴った。

「ああ‥‥腹へってるな‥‥」

「鈴木君、ちゃんと食べてる?」

「うーーん?」

「今日お昼食べた?」

「いや‥‥昨日夜中にパン食べた‥‥かな?」

「いやいや、丸1日何も食べてないじゃん。しかもパンて‥‥もっと栄養あるもの食べた方がいいよ?」

「面倒臭い‥‥」

 そういう私も昼は食べたが夜はまだだった。

「ちょっと今から外で食べない?」

 このまま彼を放っておいたら、また中途半端に空腹を満たすだけだろう。栄養失調で彼が倒れたら、多分夢見が悪い。

 明らかに面倒そうな顔をしている彼を引きずるようにして外に連れ出し、近場の和風居酒屋に入った。ここなら色々食べられるだろう。お互いソフトドリンクで乾杯する。

「鈴木君‥‥言いづらいけどあえて言わせてもらう。戻ったらシャワーを浴びた方がいい」

「あー‥‥やっぱ匂う?もう自分では匂いがわからないくらい風呂入ってないかも」

 鈴木君は野菜たっぷり皿うどんを掻き込みながら、悪びれもせずそんなことを言う。

「道理で臭いと思ってたんだよ‥‥我慢してたらこっちの鼻まで馬鹿になってきちゃって‥‥今に自分の匂いも気にならなくなりそうで怖い‥‥」

「大和さんはいい匂いだから大丈夫だよ。俺がいつも大和さんの隣で仕事してるのはいい匂いだからだし」

「嘘でしょ?」

「ほんとほんと。いい匂いで気分がいい。仕事がはかどる」

「いい匂いで仕事がはかどるなら本当シャワー浴びて?私の匂いはシャワールームに置いてあるシャンプーの匂いだから!先輩達も同じ匂いのはずだから!」

「ちょっと大和さん、そんな萎えること言わないでよ‥‥」

「いや、悪臭で萎えてるのはこっちだから!」