夜には私のための部屋が用意され、ヘルパーさんに手伝ってもらって入浴も済ませた。社長と一緒に夕食をとり、薬を飲んで新しいベッドで横になる。

 ベッドカバーに使われている柔軟剤の匂いなんだろうか‥‥そのベッドは社長のものと同じ匂いがした。そういえば、シャンプーやボディーソープが会社のシャワールームのものと同じ匂いだった。やっぱりあれは社長が用意してくれていたのだと思い当たる。

 ここでようやく、一番大きな疑問が頭に浮かんだ。

『なんで社長は昨日あそこにいたんだろう?』

 あの公園は私の自宅から数百メートルしか離れていないし、会社からはだいぶ距離がある。多分このマンションも近所ではないはずだ。トレーニングウェアを着ていたからランニングをしていたのかもしれないけど、家の近所にいるのは違和感があり過ぎる。

 駄目だ‥‥あの鎮痛剤、鎮静成分が含まれているらしい。眠くてまともに頭が回らない。機会があったら社長に直接聞いてみよう‥‥と思っていたのに、その機会はなかなか訪れなかった。

 初日の過保護さが嘘のように、話す機会すらほとんどないまま数日が過ぎていく。

 そもそも社長の実家ではなくマンションを選んだ理由は、ここなら家主と顔を合わすことが少ないだろうと考えたからなのだから、それは当然のことのように思えた。

 だが実際は想像と少し違う。社長は社内会議はウェブで済ませているようで、どうしても外せない社外との打ち合わせや会食以外は在宅で仕事をしていた。

 やっぱり他人の私が家にいるのは不安なのかも?と思い、『ご実家でお世話になった方が都合がいいようなら、今からでも移動しましょうか?』と提案してみたのだが、あえなく却下されてしまう。

 だがそんな社長を見ていて、パソコンがあれば私も仕事ができることに気がついた。西谷さんに相談すると、その日の夜には社長からノートパソコンを手渡され‥‥

「しばらくは俺が大和の指導をする。わからないことがあったら遠慮なく聞きにこい。今やってる分はまだ余裕があるから締め切りは3日延ばす。くれぐれも無理はしないように」

と、いつもの真顔で説明された。以前なら怖いと感じていたかもしれないけど、今は違う。話し方が少し乱暴なだけで、その内容はなんなら西谷さんより優しかった。

 薬を変えてもらったので、日中眠くなることもなくなった。足の回復が遅くなるので無理するつもりはないが、日常生活に戻るためには寝てばかりもいられない。明日からまた、仕事を頑張ろう。