「あの。……去年の十一月頃に仕上げのデザインについて、二パターンのどちらにされるか悩んでいまして、その返答をまだ頂いていなかったのです」
「そうでしたか。……もしご迷惑でなければ、二つとも頂くことは可能だろうか?」
「それは構いませんが……よければ、一度実物を見てから決めて頂くのでも構いませんよ? リクエストなどもあれば、その時に承ります」
「その注文はこのまま二パターン作って頂いて……その、私個人が注文をしても?」
「お客様が?」

 前髪から青い瞳が微かに見えて、目が合った。
 とても綺麗な瞳の色で、よくよく見たら鼻筋も整っていて髪型さえ変えれば雰囲気もガラリと変わりそう。

「実はメイの影響を受けて、その私自身、可愛らしいものが好きでして……。ピンクや水色の小物や、羊毛フェルト……特に三毛猫は可愛らしく、仕事に疲れたときに癒される。掌サイズで、できれば……!!」
「あ。わかります。家に帰って姿を見ただけで、ホッコリしますよね」
Je suis(まさに) d'accord(そのとおり)! 座布団に座ったものと、三毛猫の親子が寄り添っているのも捨てがたい」

 パア、と嬉しそうに語る青年リュカさんは、可愛いものが大好きらしいが周りには隠しているのだとか。「男のくせに」と昔からかわれたことがトラウマだったと話してくれた。

「私は目が、何というか目が吊り目で……よく怖がられてしまうんだ。仕事以外は前髪を下ろすことで回避している」
「でもそれだと、生活が大変じゃありませんか? それに空色の瞳はとても綺麗に見えましたよ。目つきが鋭くても男の人でも、好きな物は好きで良いと思います。むしろ強面なのに可愛い物好きとか、ギャップ萌えがあって好感度も上がるんじゃ?」
「そう……だろうか」
「ええ、意外と女子はギャップ萌えに弱いんです」
「……merci(ありがとう)。Il est aussi merveilleux que je l'ai entendu.」

 ポツリと呟いた声は、とても小さかったけれど「気を遣ってくれてありがとう」的な意味だったのだろう。
 私には怖い人と言うよりも、可愛い人の印象が強い。それにこの人の温かな雰囲気は、言葉や口調からも感じられる。

「あ。それならこの店に入るのも、勇気がいるのではなかったのですか?」
「……実はその通りで、日本に来て二週間ほどの葛藤の末、本日やっと来店できたんだ」
「に、二週間……。それは頑張りましたね」
「ああ、頑張った甲斐があった」

 最初の陰鬱そうな雰囲気とはガラリと変わって、その笑顔にドキリとした。それからカウンター席で注文を受けていたデザインと値段の確認、それと三毛猫の親子が座布団で寝転がる羊毛フェルトの注文を受けた。
 ここ最近の結婚や友人関係の悩みなど吹き飛ぶほど、心がウキウキする素晴らしい時間だった。すっかり日が落ちてしまい夕食を作る時間も無いので、スーパーのお惣菜で適当に見繕って帰ることにした。

 大雅が家に来る時は連絡を入れて貰うようにしていたし、合鍵も渡していない。以前、連絡なしに家に来たことがあり、そのせいで仕事にならなかったからだ。
 理由はもう一つある。実家に家族以外の人が住みつく──というのが、どうにも受け入れがたいのだ。大雅は悪くないんだけど……両親が住んでいた時の雰囲気を壊したくない。


 ***


 今日は、楽しかったな。
 そういえば、こんな風に羊毛フェルトやハンドメイド作品の話で盛り上がったのって、いつぶりかしら?
 以前は頻繁にイベントにも参加していたけれど、大雅と付き合ってからはめっきり減ってしまった。私がイベントに参加しようかな、と言っていた翌日には旅行や予定を入れていたっけ。旅行に行けるのが嬉しくて、深く考えていなかったけれど……。
 何気ない違和感、あるいはモヤッとしていた気持ちが次々と浮かび上がってくる。

 大雅は仕事に理解はあるけれど、羊毛フェルトやハンドメイドそのものに対して興味はない。それどこか「このレベルでお金をとるなんて楽な商売だね」とか「オークションで俺がもっと高く売ってやろうか?」と見下すような発言をして喧嘩になった。
 それにここ最近、価値観にも大きなズレが感じられるようになった気がする。こんな形で結婚するのはダメだわ。お互いの仕事もあるし、婚姻届を出す前にもしっかりと話し合わないと。

 両親のような仲の良い夫婦を築きたい。
 もしそれが叶わないのなら……別れることも……考えないとダメよね。
 家庭に入って仕事を辞めて欲しいと言われたら、私は受け入れるのは難しいもの。そりゃあ、子供ができたら暫くの間は、仕事の復帰は難しいけれど……。
 そういえば……大雅と、こういった話をしたことがなかったわ。
 両親が亡くなってから大雅が傍にいてくれて、救われてばかりだから言い出せずにいた?
 
 違う。そういう時、大雅は何かと話を逸らしていた。だから私も気まずくて雰囲気を読んで話を合わせていたんだわ。でも今後はそれじゃダメ。
 今週にはレストランの予約もあるし、良い機会だわ。その時にしっかりと話しましょう。
 そんなことを思いながら、帰路についた。

 食事を終えて、さあこれから羊毛フェルト作りに取りかかろう──そう思った矢先、大雅から着信が入る。
 なんてタイミングが悪い。
 そして、私はこの電話に出てしまったことを早々に後悔する。