二ヵ月後。
諸々の手続きや仕事が立て込んでいるのもあり、ホテル暮らしから自分の家に戻る日、リュカさんは名残惜しそうに私の腕をそっと掴んだ。
これではエレベーターに乗れない。チン、とエレベーターのドアが閉まってしまったので、少ししてからまたボタンを押した。
「やはり……あと数日、いや一日でも、私に時間をくれないか?」
「リュカさん、その台詞。五回目ですよ」
「でも、ここを出て言ったら彩葉と中々会えないだろう。それにデートだって、まだ一度もしてない」
「あの後、お互いに仕事で忙しくなっちゃいましたものね」
でもそれでよかったと思っている。
これ以上距離が近くなったら……いや充分近いのだけれど、それでもこれ以上は、本当に勘違いしそうで怖いのだ。
だから、デートを有耶無耶にしようと言い訳を重ねる。本当はお礼に色んなところを案内したかった。ううん、それだけじゃなくてリュカさんと、いろんな所を見て回りたい。
可愛いお店や美味しいレストラン、食べ歩きなんかも調べていた時は楽しかった。これ以上を望めば、傷つくだけ。
「彩葉……。もしかして私と会うのは、嫌になった?」
「そんなことは……。お礼の抱き枕を渡す機会もありますし、今生の別れって訳でもないでしょう」
今にも泣きそうな顔をされると、胸が痛む。
これ以上、一緒の時間が増えればリュカさんへの思いが膨れ上がる一方だもの。今回の事件も落ち着いたし、仕事に集中もしたいし……これで良かったのよ。
「抱き枕……彩葉自身でもいいのだけれど……彩葉は私が恋人に立候補するのは、迷惑だろうか」
「……え、ええ!?」
「本当は、今回の一件が落ち着いてから口説き落としそうと考えていたんだ」
「ありがとうございます。……でもメイさんのために、そこまで私のことを気にかけてくれなくて良いんですよ。メイさんとの大切な思い出を大事にしてあげてください」
「メイ?」
メイさんの名前が出た途端、リュカは眉を寄せた。怒らせてしまっただろうか。そう思ったのだが、今の距離感が可笑しかったのだと思い直す。
チン、とエレベーターのドアが開く。なんて素晴らしいタイミングなのだろう。
「それではお世話になりました。一緒の時間を過ごせて、とても幸せで、楽しかったですわ」
そう言ってエレベーターに乗ろうとしたところで、リュカさんに抱き寄せられた。またしても目の前でエレベーターは閉じてしまった。またボタンを押さないと、と思いつつも抱きしめられているので届かない。
「リュカさん……」
「私は、彩葉が好きだ。その気持ちはメイから──母から頼まれていたこととは、関係ない。母は生前、君に会うのを楽しみにしていたし、叔父を通して、面倒事に巻き込まれるのも知っていた。けれどそれと私が君を好きになったのは違う」
「え、メイさんの……息子?」
メイさんと親しいとかのレベルじゃなく、血縁者!?
ううん、その後の告白も驚きだけれど、神堂先生から内情がバレていた!?
いやあの先生のことだから、個人情報関係はしっかりしているはず。昔、SNSでストーカーっぽい発言をした件で、メイさんが心配してくれてDMを送ってくれたことがあったわ。
その時から何かと心配してくれていたけれど、もしかして両親と同じで神堂先生に何かあった時のことを考えて依頼をしてくれていた?
そこまでは考えるのは飛躍しすぎかもしれない。
でも──。