***


 それから二週間が過ぎた頃、神堂先生がホテルを訪れた。すでに色々手を打った後らしく、悪い顔をしていた。
 絶対に、この人を敵に回したらいけない気がする。

「喜べ。あの大雅という小僧は、各地で同じようなことをしてきたらしく、余罪がざくざくと出てきた。一つ一つの案件は小さいが、数が多い。今回は特に証拠も揃っているからな、確実に前科持ちとして逮捕できる。麗奈も似たようなものだな。それと司法試験で三浪していた男が、弁護士を名乗っていた。ブレインはその男だろうが、あまりにもお粗末な書類を使って一儲けするつもりだったんだろう。刑事と民事どっちもいけるが、お嬢はどうしたい?」
「刑事は詐欺や違反行為をしたから……ですよね」
「その通りだ」
「それなら、民事にはしない代わりに、私への接近禁止など法的処置をしてもらうほうがいいです」

 神堂先生は「甘い」と言うが、私的には大雅たちから逆恨みされたくないのだ。

「分かった。だが最初から民事を取り下げれば相手が図に乗るかもしれない……ので、最初は民事でも手続きを進めて、こちらが本気だというのを見せる。それはいいな」
「わかりました」
「となると完全に決着が付くまでは、このままホテルで過ごしたほうがいいか」

 リュカさんが引き続きホテルでの滞在を言い出すので、慌てて話に割り込んだ。

「え、でもこれ以上、ホテル暮らしはお金が……」
「気にしないでくれ。それに私は彩葉の仕事姿を眺めていられて、とっても満足しているんだ。もし引け目があるのなら、これは出張仕事だと思ってほしい。叔父は仕事だけれど、私は好きで付き合っているのだから」
「言い方」
「リュカさん……」
「お嬢もここは突っ込むところだろうが」

 憤慨する神堂先生に、私とリュカさんはしてやったりと笑みが漏れた。「まったく」と言いつつも、神堂先生も苦笑していた。

「これで彩葉の安全が確保できるのなら、安いものだ。もしここにメイがいたとしても、同じことを言ったはずだしな」
「メイさん……」

 ああ、そうか。
 この人は亡くなったメイさんのために、日本にまで来ていたんだった。きっとメイさんが生前したかったことを、叶えたかったんだわ。観光地の案内もその一つで、私の羊毛フェルトを作っている姿も、メイさんがいつか作っているとこを見たいと言っていたもの。
 だからこの優しさも全部、私自身ではなく、大切だったメイさんのため。

 本当に弱っている時は、判断が鈍る。
 両親が亡くなった時に、親身になってくれた大雅や麗奈の手口を忘れたら駄目だわ。リュカさんが私を騙そうとか、酷いことをしようなんて思っていないけれど、でも勘違いしてしまうのだけは気をつけないと。

 やっぱり恋愛や結婚は、私に向いてないんだわ。
 そう思っていると、ふと携帯がチカチカ光っていることに気付く。連絡先は店からで、何でもトラブルが発生したとのことだった。



 ***


 店に戻ると電話してきた店員の姿はないし、何より店に入るのに鍵がかかっていることに不信感を抱いた。

「彩葉は外で待っていて、何か可笑しいと思ったら即座に警察に連絡をしてくれ」
「でも……」
「店に店員がいないのも可笑しいし、罠の可能性もあると神堂も言っていただろう。ああいう時の叔父の勘は鋭い」

 神堂先生と同じく、有無を言わさぬ言葉に申し訳ない気持ちがあるものの、頼ることにした。

「わ、わかったわ。……でも無茶はしないで」
「ええ。これが全部終わったら、貴女とのデートがあるのだから」

 耳元で囁くのは、反則だと思う。
 そしてまるで私とのデートが楽しみだから、というフレーズは誤解されるから使わないで欲しい。そう言いかけて、なんだか訂正したら自分が意識しているみたいで恥ずかしくなった。
 自意識過剰なんて思われたくない。
 そんなことを思いつつ、リュカさんの背中を見守っていた刹那、背後から腕をグッと引っ張られた。

「──っ!」

 叫ぼうとしたが、腹部に痛みが走り──意識が遠のく。ふとリュカさんが、私を呼んだような気がした。