「これ……夢じゃないよね……」

私はあのあと修哉の運転する数千万はくだらないであろう真新しいベンツで自宅マンションに送ってもらったのだが、修哉は家に上がり込もうとすることもなく、LINE交換だけ済ませるとすぐに帰っていった。

私は現実味がないまま、シャワーをあびて着替えると、冷蔵庫から麦茶を注ぎ入れる。そしてテーブルに座ったと同時にスマホが震える。

──『体調は大丈夫?』

私はスマホに浮かんだ『四葉修哉』の四文字を確認してからすぐに『大丈夫です、送って頂きありがとうございました』と送信する。

──『だから敬語なしで、俺も使わないから』

(あ……普段は俺なんだ。えっと……)

修哉の一人称が僕ではなく俺だった、たったそれだけのことなのに私の心臓がとくんと跳ねる。雲の上の存在だと思っていたクローバーデザインの副社長である修哉と仮とはいえ婚約者になったことにじわじわと現実味が増してくる。

「信じられない……だって昨日博樹に振られて未希に馬鹿にされてどん底だったのに……」

私はテーブルの端に見えた、化粧用の小型の鏡をのぞき込んだ。そこには見慣れた自分の顔が写っていて困ったような顔をしている。

「うーん。自分で言うのもなんだけど……別に美人でもないし……身寄りもないし、このマンションだって賃貸だし」

その時またブルッとスマホが震える。

──『恋、早速だけど明日仕事終わりに夕飯食べに行かないか?』

「えっ……!」

──『これから恋の婚約者としてもっと恋のことが知りたい』

ストレートな修哉の言葉に気恥ずかしさを覚えながらも嫌じゃない。むしろ、昨日博樹と別れたばっかりなのに修哉のことをもっと知りたいと思う自分に驚いている。

「私が修哉のこ、婚約者……だなんて」

私は少し悩んでから『明日の食事楽しみにしてます』と送ると、紅潮した頬を両手で覆った。