「だ、ダメというか……その、副社長にはもっと素敵な方がいらっしゃると思いますし、仮にも私なんかが婚約者だなんて、しゃ、社長も反対なさると思いますので」

「それなら大丈夫ですよ。社長には連絡済みで承認もいただいてますのでご安心を」

「な……っ」

「父は後継者、ようは孫を早く見たがっていまして。なかなか結婚に前向きでない僕が恋さんと仮とはいえ婚約したいと連絡したら一つ返事で了承してくれましたから。これで恋さんの心配事は解決しましたよね?」

「えっと……」

「大切にします。僕の婚約者になってください」

修哉の大きな手のひらが私に向かって差し出される。

(こんなことが……起こるなんて)

もう自分の心臓じゃないかのようにドキドキしっぱなしで苦しい程に鼓動が跳ねて高鳴っていく。修哉はずっと頭を下げたままだ。

「あ、の……私に務まるかわかりません、が……」

気づけば私は差し出された修哉の手のひらをそっと握り返していた。博樹にフラれた翌日、イケメン御曹司から婚約者になって欲しいと言われて了承するなんて真面目が取り柄の私らしくない。でも何故だか私はその手を取らずにはいられなかった。

「良かった。本当に嬉しいです。じゃあこれからは敬語はなしで修哉と呼んでください。さぁ、どうぞ」

修哉は私の手を握ったまま満面の笑顔を見せている。

「いや、あの……その」

「名前を呼んでくれるまで、この手離しませんから」

(な、なんて事を言うの?!)

修哉は私の反応を楽しむように握っている手のひらに更に力を込めた。

「えと……あの……」

「大丈夫ですよ、待ちます」

「あの、えっと……しゅ、修哉……。うぅ恥ずかしい……っ」

名前を呼んだだけで頬が紅潮して身体がかっと熱くなる。

「よくできましたね。じゃあ恋、今日から宜しく」

そういうと修哉は私の体をそっと包み込んだ。

この時の私はまだ気づいていなかった。私の恋時計がまた動き始めたこと。そしてまるで絵本の中のお姫様のように、私はもうしないと誓ったはずの恋の階段を既に登り始めていたことを。