修哉はすっと立ち上がると白いシャツを羽織り、テーブルの上から紙を一枚手に取った。

(記憶ないけど吐いたとか? 何か物壊したとか?)

(あの紙に弁償するものが書いてある……のかな? あぁ、どうしようっ)

何度も昨晩の記憶を取り戻そうと首を捻るがやっぱり何も思い出せない。

「これを見てください。忘れたとは言わせません」

私は修哉が差し出している紙を受け取ると私はすぐに目を通していく。そして記載されている文言に口があんぐりと開いた。

「仮・婚約者……契約……へ?」

「最後まで読んでください」

修哉に促されて最後まで読み進めると、ミミズが這ったような文字で有川恋と私の直筆でサインが書いてある。

「そちらの契約書の内容を要約すると、三カ月の仮婚約期間を経て両者の合意があれば婚姻届けを提出できるというものです」

「ええっ!! ……この人……っ」

私は私と同じく契約書にサインしているお相手である婚約者の名前を見て狼狽する。だってその婚約者の名前は──。

四葉(よつば)……修哉? さんって……?」

「はい。四葉修哉は僕の名前で、恋さんが働くクローバーデザインの副社長です。オフレコですが一昨日、ロスから帰国し来週から恋さんと同じ本社勤務の予定です」

私は書面から顔を勢い良く上げると、口をぱくぱくさせたまま言葉が出てこない。クローバーデザインの社長には娘が二人と息子が一人いると聞いている。ただ長男がプロ写真家として活躍している上、会社経営に全く興味がないことから、婚外子である次男を副社長に据えたと数年前聞いたことがあった。

「その顔だと僕のことはご存じみたいですね」

「えと、その……噂レベルですけど」

「恋さんは正直な方ですね、そんなところも素敵です」

(す、素敵……って)

私の顔を火が出たように熱くなる。顔面偏差値国宝級のイケメンからこんなことを言われて、平然を装える人なんているんだろうか。