「はぁ!? どういうこと!?」

 私の目の前で怒っているのは、大学時代の友人である野崎麻美(のざきあさみ)
 麻美は、繭のデタラメな噂も信じず、私の側にいてくれた貴重な友人だ。大学時代の私は、学費や生活費を稼ぐためアルバイト三昧で、なかなか友人を作る機会もなかった。しかし麻美は同じ学部で同じ授業を受けることが多く、さらに偶然にもバイト先の一つが同じで、仲良くなった。一緒にいる時間が長く、繭が言う「いじわるでお金に意地汚い灯」というデマを信じずにいてくれたようだ。ちなみに繭は別の大学に進学していたが、わざわざ私に会いにきて散々な噂を流し、私と仲の良かった美術サークルの先輩と付き合った。

 麻美はそんな私の環境をよく理解してくれていて、就職してからも、こうして時々会い、私のことを気にしてくれている。

「住所不定無職の自称画家!? ヤバすぎ! そんな奴と一つ屋根の下で暮らしてるの!?」
「そんなふうにまとめられると、確かにヤバそうに聞こえるねぇ」
「何を呑気に! もう! 灯には幸せに生きてもらいたいのに! 悪い男ばっかり!」
「……ご心配ばかりおかけしてすみません」
「〜〜っ! 本当にこの子は!」

 麻美は『東京シティ銀行』に勤める銀行員。彼女の職場もなかなか大変そうで、その愚痴を聞く会だったはずなのに、私の近況を報告したら叱られてしまった。確かに、「付き合って一ヶ月の彼氏を義妹に取られて、今は住所不定無職の自称画家を自宅に住まわせている」と聞いたら、驚いてしまうのも無理はない。

「とりあえず自称画家はあとにして、元彼よ! また繭が出てきたの!?」
「この間、『小笹コーポレーション』に転職してきたの。嫌な予感がすると思ってたら……。あっという間に……ね」

 苦笑しながら、あの日の夜を思い出す。繭にとられたことよりも、雅人さんに言われた「つまらない」という言葉が、深く私の心に突き刺さっていた。

「そう。辛かったね……」
「それで傷心した心を癒すために海辺にいたら、聡さんに出会って、ね」

 麻美の顔がさらに曇る。

「うーん。その人、本当にお金ないの?」
「多分……。家事とか全部してくれるんだけど、『シャンプー切れそうだよ』とか『お砂糖買い足していい?』とか聞いてくれて、その度にお金を渡して…………」
「すっごい馴染んでるし、普通にお金払わされてるじゃん! ヒモってこと!?」
「でもでも! 本当に美味しいご飯と、温かいお風呂と、掃除と洗濯もしてくれて! もっとお金を払いたい気分なの!」
「……何それ、ちょっと羨ましい……!」
「疲れて帰ってきて、家に明かりがついてて、『おかえり』ってイケメンに言われて。心身ともに助かってるの」
「変なことされてないでしょうね」
「全然! 絵のモデルだけ。健全な同居生活です!」

 麻美は、はぁとため息をつくと、頬杖をついてお酒を飲んだ。美人は怒り疲れた横顔も絵になる。

「灯はさ、お金にも苦労した人生を歩んできたでしょ? 灯にはもう苦労してほしくないのよ。絵を描いてもらったら、その画家とはちゃんと別れなさいよ」
「彼は、私なんかに興味はないと思うけど……。うん、わかった」

 結局、その日は麻美は、ずっと聡さんのことについて疑心暗鬼になっていた。そのうち会いにいって見極めてやると宣言され、苦笑してしまう。綺麗で美人な麻美に会ったら、聡さんは今度は麻美に「モデルになって欲しい」と言いかねないな。そうこっそりと心の中で想像すると、どうしてかチクリと胸が痛んだ。