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「可愛いお部屋だね」
「あ、ありがとうございます。お荷物は適当に置いてください」

 結局私は、東条さんを自宅に連れ帰ってしまった。一人で家に帰りたくなかったのもある。背の高い東条さんは私の小さなアパートではすごく存在感が増して、普通の蛍光灯だというのにキラキラ輝いて見える。イケメンはどんな照明でも輝けるらしい。

 付き合って一ヶ月ほどの元彼・雅人さんは、結局この部屋に来ることはなかった。
 適当にご飯を食べに行き、現地解散するような浅い付き合いだった。まだ一ヶ月だったから、これからゆっくり進展するのだと思っていたのに。

 一瞬抱いてしまった切ない気持ちを捨てて、そそくさと東条さんにお茶を入れる。客用のものは無いので、お気に入りのマグを使った。

「どうぞ」
「ありがとう」

 東条さんは家がないといいつつ、身なりはとても綺麗だ。荷物は大きなリュックひとつ。どこか品が良い彼は、お茶を飲む姿も様になる。もしかしたら「モデルになって」と女性に頼んで、家に転がり込む方法で暮らしているのかしら。悪い人には見えないが、騙されているのだろうか。

「ありがとう。実は本当に助かったよ。ホテル暮らしをしてたんだけど、そろそろ苦しくなってきて……」
「……そう、だったんですね」

 女性の家を転々としているわけではないと知って、少し安堵する。しかし本当にお金がないようだ。実の両親がお金に困り借金の末に事故で亡くなった経緯を持つ私には、金銭的にギリギリの中で生活していく大変さはわかる。やはり彼を連れ帰って正解だったかもしれない。
 一方で、明るい蛍光灯の下で見る彼はとてつもなく眩しくて、自分の小さなアパートの一室に他人がいることを妙に意識してしまい、緊張してきた。

「それで、もしよかったらなんだけど」

 東条さんはとても落ち着いた様子で、少しキョロキョロと家を観察したあと、私ににっこりと微笑んだ。瞬間、私の心臓がドキリと音を立てる。イケメンの微笑みの破壊力たるや、恐ろしい。

「絵が完成するまでの間、ここに置いてもらえないかな?」
「ええ!?」
「モデルを引き受けてくれて、お家にも上がらせてもらったから、俺、家事するよ」
「えっ、でもそんな!」
「だからしばらく、よろしくね。灯ちゃん」
「いや、あの……!」
「俺のことは『聡』って呼んでね」
「ええ……」

 おっとりと爽やかに、だけどとても強引に居候が決まった。東条さんはリュックから小さく折り畳んでいた寝袋を出してもぞもぞと入っていく。「灯ちゃんおやすみ」と低音ボイスで囁かれるまで、私はあわあわとしながら、急に下の名前で呼ばれたことにただただ動揺していた。

 前言撤回。お金のない住所不定無職を、家に入れるべきではなかったかもしれない。