「灯、そんな顔で笑うんだ」
「!?」

 雅人さんがポツリと呟いた。そこで初めて聡さんがチラリと二人を見る。繭は、聡さんの整った顔立ちに気づいたのか、たちまち猫撫で声になった。

「初めましてえ! 私、灯の妹で繭と言います! お姉ちゃんにこんなにかっこいいお知り合いがいるなんて、繭知らなかったなぁ」
「どうも。……灯ちゃん、今日はシチューだよ」
「えっ、あっ、や、やったー?」

 繭の話をほぼスルーして聡さんは夕飯の話を始めた。繭が隣でどんな顔をしているか怖くて振り向けない。

「俺シチュー好きなんだよね。灯ちゃんはご飯と一緒に食べる派?」
「ええ? えーっと、食べた事なかったですけど、今日はそうしてみようかな……」
「うんそうしよう! 美味しいよ〜」

「な、な、な……!」

 横で繭がわなわなと震えているのが見えた。しかし何か繭に弁明する隙もなく、聡さんに肩を寄せられて、ピッタリとくっつく。バンっと傘を開き、一歩踏み出すと、もう雨の音で繭の声は聞こえなかった。

「じゃあ妹さん失礼しまーす」
「お、お疲れ様です」

 彼はどこまで察しているのだろう。繭との確執は彼には言っていない。あの日、海で身を投げそうになっていた理由も。横目で聡さんを見たけれど、彼はにっこり笑うだけだった。