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 聡さんと同居生活が始まって、十日程経った終業後。突然降り出した雨に、会社の玄関先で立ち往生していると、横で繭の猫撫で声が聞こえてきた。

「雅人さーん♡ 雨降ってきたからこれ使ってくださぁい」
「繭ちゃんさすが気が効くねえ! ありがとう〜」

 雅人さんとは、『別れよう』というメッセージに『分かりました』と返信してあっさりと終了した。それなのにこうして事あるごとに見せつけてくるのだ。でもなぜか今までのように仄暗い気持ちにはならなかった。どうしてだろう。家に帰ったら待っていてくれる人がいるから、だろうか。

 雨は次第に本降りになり、止みそうにない。仕方なく走り出そうとしたところ、誰かがこちらに走ってくるのが見えた。近づくにつれて、背の高い男の人だとわかり、やがてそれが聡さんだとはっきり見えてくる。

「な、なんで!?」
「だって灯ちゃん、傘持って行くの忘れたでしょう?」
「でも! 聡さん、こんなに濡れて……!」

 傘を差して現れた聡さん。しかし強い雨の中ではあまり意味がなかったのか、肩がびしょびしょに濡れている。ハンカチを鞄から取り出して彼の濡れた肩と腕を拭いた。

「だれよ……何、そのイケメン!?」

 繭もいたのだと気づいて横をみると、ものすごい形相でこちらを見ていた。彼女としては、目の前で元彼といちゃつく姿を見せて私をいじめていたはずなのに、知らない男性と親しくしているのが信じられないのだろう。猫をかぶるのも忘れている。

「繭……」
「ああ! 灯ちゃんの傘持ってくるの忘れた!」

 少し抜けている聡さんは、傘を一本しか持ってこなかったようだ。思わずクスリと笑ってしまう。