「まぁ、少数ではあるけどボクのような変わり者もいるけどね。人間の文明に魅了され、交わってみたいと思ったエルフもいた。人間はエルフに比べれば十分の一にも満たない本当に僅かな一生だけれども、だからこそ激しく鮮烈に自分の一生を、生きた証を世界に刻もうとする」

ザクザクザク。

赤、黄、灰色。

色鮮やかに染まった落ち葉がまるで絨毯のように広がる森の地面を、俺たち二人は踏みしだいて進む。

「ボクたちエルフには想像ができない生き方だ。長い時があるゆえにエルフは焦ることを知らない。時が全てを解決してくれると考えている。自然と一体となり、悠久の時を経ていけばそれでいいと思う。ボクには退屈すぎて合わなかったけどね」

だから彼は故郷の森を飛び出し、人間の社会で生きる事を選択した。

魔術師となり人の町や村で暮らし、人間と共存する。

「貴方は人間の社会に馴染み過ぎていて、時折エルフであることを忘れてしまうぐらいですよ」

俺が苦笑交じりに答えると、キルシュは茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて応じてきた。

「だよね。ボクも体だけがエルフで心は人間なんじゃないかと思う時があるよ。だけどこの森に入って長き時を生きる木々を目にすると、懐かしい感覚にとらわれるのさ」

「そういうものですか……。俺には分からない感性のようです」

人間にとって、少なくとも俺にとって森という所は、確かに恵みをもたらしてくれるが厄介で危険な場所という思いのほうが強い。

森の中には有害な植物が数多くいるし、危険な獣も多い上に魔物まで潜んでいるのだから、人類にとっては脅威が潜む場所といったほうが正しいだろう。

ティツ村の住人も森の恩恵を受けているとはいえ、立ち入ることは外周の僅かな部分のみであり奥に立ち入る者などいない。

しかし森の住人たるエルフからすればそこがどんなに危険な場所であろうとも、森は懐かしい故郷として感じられる場所なのだろう。

「この雄大な木々のように森の中で生きていくことが、やはりエルフとして正しい生き方なんじゃないかなと思う時もあるよ。まぁ、そのうち退屈に感じてしまうかもしれないけどね。ちなみにあそこの木の樹齢はどれくらいか分かる?」

キルシュが指さしたのは、森の木の中でも一際雄大で立派な幹をもつナラの木だった。

「そうですね……。五百年ぐらいですか?」

「八百年だよ。この木は八百年もの間、この地に根を降ろしひたすら生き続けてきたんだ。八百年の生ってどんなものか想像できる?」

「いいえ、とてもできませんね」

「そうだろうね。ボクも同じくらい生きてきたけど、その間とても色々なことがあったよ。初めての人との出会い、交流、そして別れ。人は愚かでいつも間違った選択をする。時にはお互いに争い憎しみ合う。限られた時間に生きているのだから当然だよね。しかしその炎のように激しい情熱的な生き方が、長い時をただただ生きていたボクの目には鮮烈に写ったよ」

「でも人間の知り合いは皆、あなたより先に逝く……。別れは辛くないのですか?」

俺の問いかけに、キルシュは腕を組み少しの間思案してから答えを口にした。

「……うーん、やっぱり辛いね。エルフ同士であれば自然に帰るだけだから、特に感慨みたいな感情は湧かなかったのだけれど、人間って僅かな間にすごく色々なことを経験するでしょ。喜び、怒り、悲しみ、憎しみ、嘆き。そのどれもが鮮やかすぎて、胸に焼き付いている。それを思い出してしまうから、別れが来るととても辛い。でもそれと同じくらい愛おしさも感じるね」

「愛おしさ、ですか」

「うん。人間の友人たちとの別れの時、決まってみんな幸せそうな笑顔で逝くんだよ。そういう時、ボクは一人この世界にとり残されるような感覚にとらわれて淋しさを感じることがあるね」

「……」

キルシュは現在八百歳、エルフの中ではそこそこ高齢とはいえ後二百年ほどは寿命が残っている。

普通に生きればどうあっても俺が先に逝くわけで、さて自分がキルシュとの別れの時が来た時、自分はどういった感情になっているのだろうか。

そして彼にはどのような感情で見送られるのだろうか。

「けれどそういう時は同時に、彼、彼女らが必死になって生きて生きて生き抜いた事を感じさせてもらえるんだよ。だから別れの時とは、辛くもあり愛おしくもあるというのが答えになるね」

俺が取り留めもない事を考えていると、キルシュが歩みを止めた。

「さて、退屈になりがちな森の散歩を紛らわせてみようかとちょっと長話をしてみたけど、中々有意義な時間になったね。人間の社会にいると時間の感覚が短く感じられるようになるよ。まったくエルフらしくないと同族達に言われそうだけどねぇ」

「ハイエルフは俺たち人間と接点が少ないから、想像しにくくて何とも言えませんね。千年にも及ぶ時間があれば、長期的な視野で物事を見られるようになるのでしょうが……」

エルフという種族自体は人間と接点があり大きな町などではたまに見かけることもあるが、古代種族のハイエルフはその数自体が少ない上に滅多に故郷の森から出てこないので、俺たち人間からすると一生を通しても遭遇する機会がない者も多いくらいだ。

せいぜい数十年しか生きられない俺たち人間からすると、

「長期的な視野、かぁ。確かにそれは長所かもしれないけど、その分なんでもゆっくり考えるようになって世の中の流れから取り残されやすくもなるけどね。……さて、どうやら目的地に到着したようだよ」

彼が杖で指し示す先には、惨劇の跡が広がっていた。

落ち葉の上に倒れている数頭のイノシシの死骸。

そのどれもがライナーが俺たちに見せてくれた死骸と同じで、体に紫の斑点がいくつも浮き上がっており、はらわたが無残に食い散らかされている。

「これはまた、相当激しく食い荒らしたようだね……。産卵期を迎えたヴァンキッシュの雌は栄養補給のために獲物を探し求めるものだけど、一度にこれだけ喰らうとはちょっと異常だよ」

「群れの数が多いのかそれとも群れに大喰らいの奴がいるのか、どちらでしょうね」