「ええ、最近膝が痛くてね……。寒くなってきてから特に酷いのよ」

なるほど、引きずるほどではないが確かに左足の動きが鈍いようだ。

「それはよろしくないですね。さ、どうぞ中へ」

玄関の扉を開けて、俺はデボラを家の中に招き入れた。

中では穏やかな笑みを浮かべて椅子に座っているキルシュが出迎える。

「やぁ、デボラさんいらっしゃい。今日も素敵だね」

「もうやだわぁ先生ったら。いつでも透き通った肌に綺麗な顔してて、あたしたち女より綺麗な男の子なんだもの。先生がそんなこといっても説得力ないわよ」

「そりゃ残念。これでも一応男の子のボクとしては、こんなエルフの貧弱で華奢な体より、がっしりとしたザイの体つきのほうが羨ましく思えるんだよね」

「あははは、そりゃそうだわ。男の子に綺麗といっても嬉しくないわよね……って先生、もう何百年も生きてるんだから、男の子っていうのは無理があるわよ」

「いいじゃない、ボクの心はいつでも夢見る十代の少年だよ」

また俺の容姿が話題に上がっているが、こんないかつい男の見た目のどこがいいのか俺にはさっぱりわからない。

とりあえず台所に向かった俺は、戸だなから乾燥させたカミツレを取り出し、ポットに入れて湯を注ぎカモミールティーを用意する。

それを居間に持っていた時、キルシュは向かいの椅子にデボラを座わらせて診断を開始していた。

「膝が痛いんだよね。さ、こっちに座って。診断を始めるね」

彼がデボラに対して右手をかざすと、その手があたたかな緑色の光に包まれる。

“透見”という、物体の中の構造を把握する魔術でキルシュの場合は体調不良の人の原因を

「う……ん、原因は大きく分けると二つあるみたいだ。一つは体の冷え。これは酷いね、手や足の先に結構な冷えを感じるんじゃないかな?」

「そうなんですよ。前から冷え性で辛かったんですけど今年は特に酷くてねぇ……。寝てる時は足がつって目が覚めるし、肩こりもひどくて……」

「それは血流が悪くなって、筋肉が収縮しているのが理由だね。体力も少し落ちてるようだから、改善には人参薬がよさそうだね。ザイ、調合頼むよ。一週間分用意して」

「分かりました」

居間から見て台所の反対にある右の部屋は、様々な薬草や薬品を収納してある調合室になっており、そこで薬の調合を行うことになっている。

俺は調合室に向かった。

護衛士は魔術師の補佐役として、徹底的に知識と教養を叩きこまれる。

薬草の種類、薬品の取り扱いから効能まで全て理解して、調合できるようにならなくてはならないのだ。

キルシュの護衛士となってから、俺はキルシュの処方する薬の調合を全て任されている。

調合室に入った俺は、キルシュの指示どおり人参薬の調合にかかった。

人参と言っても野菜の人参ではなく、薬用人参と呼ばれる木の根っこのような形をした植物を指す。

子供など熱の高い元気な人には適さないが、体力の弱っている虚弱体質の人には活力を与える薬として珍重される。

生育に二年から六年(五年以上が望ましい)かかり栽培の難しい植物であるが、キルシュはこの植物に精通しておりティツ村の人々に栽培方法を伝授している。

これに当帰、芍薬、地黄、白朮、茯苓、桂皮、黄耆、陳皮、遠志、五味子、甘草を加え、薬研ですりつぶし粉末にする。

このような薬の調合は本来魔術師や薬草師など専門的な知識をもつ者が行うもので、俺のような護衛士が行うことはほとんどない。

護衛士も調合できたほうが何かと便利だというのでキルシュから色々と習い覚えたが、彼が薬を作るのがめんどくさくて俺にやらせているのではないかと疑念を持っている。

キルシュは手先が不器用なので、このような細かい作業は俺が担当した方が良いのは確かなのだが……。

最後に薬包紙と呼ばれる紙に一回分ずつに分けた粉薬を包めば完成だ。

一週間分の粉薬を袋に入れて居間に戻ると、キルシュがデボラの診察を続けていた。

「もう一つの原因は膝の軟骨がすり減っている事だね」

「膝の軟骨……ですか?」

「体の構造とかの詳しい説明は覚えてもあんまり意味がないから、簡単な説明をするね。ボクたちの体を構成する骨はつなぎ目に関節があるんだけど、そこって日常生活でそれこそ何十、何百回と骨と骨が擦れ合っているわけね」

「はぁ……関節ねぇ」

「で、人間というのはボクたちエルフとは違って、それほど長生きするように体ができていないのね。つまり新陳代謝の限界が短くて、段々と体の細胞の再生が滞るようになっているんだよ」

「……」

また始まったか。

デボラはキルシュの話についていけず茫然としているが、当然キルシュはそれに気づくこともなく講釈を続けている。

「これが生物の寿命そのものに影響するわけなんだけど、デボラさんの膝の部分はちょうどその状況に陥っているわけだよ。古い部分が再生されないまま使われているから、軟骨がすり減っている分、膝関節の骨と骨のすき間が狭くなってそこが軋んでいるわけね。これが神経に触って……」

「キルシュ、そこまでですよ」

俺は怒涛のごとく膝関節症の説明を行っているキルシュを制止した。

「ん、なんだいザイ。薬はできたの?」

「はい。人参薬の調合はとっくに終わりましたよ。それよりほら、デボラさんの顔を見て下さい」

「ん? ……ああ、ごめんごめん。話を置き去りにしちゃったね。ついやっちゃうボクの悪いクセ」

デボラがぽかんと口を開けている姿を見て、キルシュは自分が専門的な話をし過ぎて彼女の事を置いてきぼりにしている事実にようやく気づいたようだ。

一般人に症例の詳しい説明をしてもついていけないしそもそも意味がないですよと伝えているのだが、この悪癖はなかなか治りそうにない。

「わかりにくい説明をしてしまったようだね。いろいろ端折って言うと、長年使ってきた膝が疲労して耐久力不足に陥っているわけ。まだ内部に炎症が起きていない初期の段階だから対処はそれほど難しくないよ。ただ、薬草だけでは対処しきれないね」

キルシュは席を立つと懐から鍵を取り出し、居間の壁際にある戸棚の前に移動すると鍵を差し込み扉を開けた。

戸棚の中をしばらく眺めて青い液体が入った瓶を手に取ったキルシュは、それをテーブルの上に置く。

「今回はこのポーションを試してみよう。膝関節の軟骨の補修に効能があるよ。とりあえずこれを今日服用してみて。併せて一週間こっちの粉薬も服用してもらうと、冷えも解消されるからとても膝が楽になるはずだよ」

魔法薬であるポーションは魔法を使える魔術師でなくては生成できず、その管理や処方も含めてすべて魔術師が行うことになっている。

護衛士である俺も例外ではない。